chapter1《主人公とヒロインズ。それと俺》

1-1〈主人公とツンデレヒロインと、俺〉

私立冠雪かんせつ学園第一高等学校。通称『冠雪一高かんせついっこう』に春が来た。暖かい日差しに照らされながら、俺たちは晴れて二学年に進級した。


始業式の日の朝、新しいクラスが発表される。生徒達の名前が書かれた大きな紙が張り出され、皆自分や友人の名を探して辺りは喧騒に包まれていた。


「お前、何組だった?オレ二組!」


「元三組の黒姫さんは、今年何組かな?」


「ゲッ!嘘だろ、担任あのタケ先かよ!」


「私たちまた同じクラスだね!よろしく!」


「よっしゃ!黒姫さんと同じクラス!やりぃ!」


喧騒に紛れた言葉の一つ一つを、この俺、苗場なえば芳一ほういちの耳は正解に聞き分ける。


「うわ、また苗場がいるわ。最悪なんだけど」


こんな言葉も。耳が良すぎるというのも難儀なものだ。


そんな中で、一際ひときわ真剣な眼差しでクラス分けを見つめる少女が一人。ハーフアップの艶髪を桜吹雪に靡かせながら物憂げな表情を浮かべる彼女の姿は非常に絵になっており、自然と周囲の視線を集めていた。


「黒姫さんだ」


「前年度に引き続き、今年度も可愛いな」


「お友達になりたいな〜何組なのかな」


そんな周囲の声に気づく余裕も無いほどに集中して、彼女は目当ての名前を探している様子であった。


やがて、その表情がパッと明るくなった。そしてボソッと一言「志賀くんも一緒だ、良かった」と呟く。


頃合いを見て、俺は軽く口笛を吹きつつ彼女に声をかけた。


「ひゅーひゅひゅ〜、ひゅーひゅーひゅーひゅーひゅひゅ〜、瞼閉じればぁ〜そこにぃ〜……よっす!黒姫じゃない。何組だった?」


「苗場くん」


稀代の美少女、黒姫くろひめ叶恵かなえはその愛らしいお顔を俺へと向けた。その表情は安心しきった穏やかなものであった。


「一組。この私にふさわしいNo.1ね!なんて」


「そいつはなにより」


ニコニコ笑う黒姫に向けて、からかい半分で俺は続けた。


「その様子だと、どうやら志賀も一組らしいなぁ」


「えっ⁈そうだけど……どうして分かったの⁈」


心からの動揺を見せる黒姫。感情がストレートに表情や仕草に出やすいことを自覚していないのだ。むしろ自分をポーカーフェイスだと信じきっている。そういう勘違いもまた彼女の愛らしいところだが。


それからハッとして、彼女は俺をジト目で見た。


「……聞いてたのね」


「ああ、悪いね。マイ・イヤーが優秀すぎて」


「別に良いけど……」


頬を染め、無意識的に髪を指でくるくる弄る黒姫に、俺はさらに追い討ちをかけてみる。


「それにしても良かったな〜愛しの志賀王子と一緒になれて」


「いっ⁈愛しって何⁈そんなこと……!」


真っ赤になって否定する彼女の後ろから、現れた少年が声をかける。


「朝っぱらから元気だな〜お前ら」


「志賀くんっ⁈」


我らが主人公、志賀しが光輝こうきの登場だ。


少し寝癖のついた黒髪と、整ってはいるが特徴の薄い顔立ち、一見するとどこにでもいそうな普通の高校生男子。決して学祭のイケメンコンテストに出るようなタイプでは無いし、むしろ過度に注目を浴びることを嫌い、極力厄介ごとを避けてひっそりと静かに生きていたい奴である。


しかし、心の中に熱い正義感を秘めている彼は、これまでたくさんの人助けをしてきているため人望も非常に厚い。いざという時の、頼れる真剣な表情に思わず落ちてしまう女子は数知れず。


他にも、細身に見えて実は引き締まった筋肉質な体を持っていたり、勉強もできる上、不器用に見せかけて楽器の演奏や料理なども人並み以上にこなしたり、隠されたギャップ要素がてんこ盛り。表立って人気者というよりかは、裏側で実はモテている、というタイプだ。


実際、俺が学校中のヒソヒソ話を情報源ソースに独自で調べたデータによると、同学年の女子のうち七割ほどが「私だけが志賀くんの魅力に気づいてる」と考えているようだ。


まさに主人公。ミスター主役。さすがは俺の親友だ——なんて、説明が長くなってしまった。場面を戻そう。


黒姫の背後から現れ、眠そうに小さくあくびをする志賀に対し、俺は軽く挨拶をかました。


「おっす志賀ちゃーん、聞いてよ今、黒姫嬢がさ〜」


「わー!わーっ!わー‼︎」


いったい何を告げ口されると思ったのか、黒姫は声を張り上げ俺の言葉を遮った。


そんな彼女を志賀は面白そうに見る。


「相変わらず賑やかだな」


「べ、別に……!全然普通だし。普通の淑女だから」


「そうよ!そうよ!志賀くんは静かな女と賑やかな黒姫ちゃんと、どっちが好きなのよ!」


「なんでオネエ口調……?」


変なテンションの俺を見て困惑しつつ、志賀は答えた。


「賑やかな方が楽しくて良いよな」


「そうよねぇ〜、良かったわね、黒姫ちゃん!」


俺は口元に手を当てながら、黒姫に言った。黒姫は若干引き気味に俺を見ていた。


「なんなのその口調?」


「恋バナするときは、女の子になりたいじゃん?」


「別に恋バナしてないし!」


そんな言い合いをする俺らをボーっと見ながら、志賀はふふっと笑った。


「仲良いな。さすが幼馴染」


「別に、そんな仲良いこともないから」


「幼馴染っつーか、ただ小中高一緒ってだけだしな」


確かに、俺と黒姫は小一からの知り合いだ。でも別に家が隣だったり、親同士が仲良かったりとかいうザ・幼馴染な間柄では別に無く、ただ偶然ずっと同じクラスだった、というだけの……言ってしまえば腐れ縁である。


「今年も俺達一緒だろ?またよろしくな」


志賀が言う。まだクラス分けを見ていなかった俺は抗議の声を上げた。


「ちょっとちょっと!俺も一組なの?ネタバレすんなよ〜自分の目で確認したかったわ!」


ま、周囲の声聞いて内容自体はもう分かってたけどな。


「そうか、それは悪いことした」


手で謝罪のジェスチャーをする志賀。その横で黒姫が呆れ顔で俺を見る。


「別に良いでしょうそんなの。自分で見たって、人から聞いたって、一緒でしょ」


「一緒じゃ無―い!」


「……今年も一年、同じクラスであなたの姿を見ることになるなんて、今から憂鬱なんだけど」


「ちょっ、なんてことを言うの⁈」


「俺はお前と一緒で嬉しいけどな」


「男に言われても嬉しくねーんだよ!」


「なんでだよ」


そんなやり取りをしながら、俺達三人は新しい教室へと向かって行った。

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