耳が良すぎてラブコメ主人公にはなり得ない‼︎
繭住懐古
prologue〈主人公の条件とは〉
ラブコメ主人公の必須条件とは何か、あなたには分かるだろうか。
イケメンであること?——違う。主人公の顔は必ずしも整っている必要は無い。至極平凡でも良いし、太ってたって良い。顔貌は重要では無いのだ。
良い奴であること?——違う。もちろん、性格が良いに越したことは無いが、捻くれ者や嫌味な奴でも主人公にはなり得る。
それでは、正解を見ていただこう。俺の目の前では今、『主人公』
「ねえ、知ってる?先月学校の近くに新しいケーキ屋さんができたらしいんだけど……」
「そうなのか。知らなかった。どんな店なんだ?」
「内装がすごくオシャレな上、ケーキも凝っててとても評判が良いんだって。その、デートスポットとしてもとても人気が高いみたい」
「へー、デートでケーキ屋なんか行くのか。最近の日本の高校生は金があるんだな」
「……志賀くんって、甘いもの、好き……?」
「好き……ってことも無いが別に嫌いでも無い。糖分はエネルギー源だし。必要とあれば全然食うよ」
「そう……なんだ。それで、その、えっと。えっと……」
黒姫の声がどんどん小さくなっていく。「一緒に行かない?」と誘いたいが、先ほど自身で『デートスポット』などと言ってしまったため、途端に恥ずかしくなってしまったのだろう。手をもじもじと動かしながら、蚊の鳴くような声で言う。
「一緒に……その、行ってあげてもいいけど?」
「え?悪い、後半ちょっと聞こえなかった。もう一回頼む」
志賀の言葉に、黒姫は声を詰まらせた。恥ずかしさを堪えてやっとの思いで搾り出した言葉が届いていなかったのだから唖然とするのも仕方がない。同情するが、今のは志賀に非は無いだろう。あんな小声を聞き取れる人間などそうはいないのだから。
黒姫は顔を逸らして強がったような声を出した。
「ベ……別に。なんでも無いし。大したことは言ってないから!」
一部始終を見聞きしていた俺は、やれやれ、とため息をつくと、黒姫に助け舟を出すことにした。
わざとらしく肩をすくめ、大仰な呆れ声を出して、二人の会話に介入する。
「やれやれ、この春暖の候、暖かな日差しの差し込む教室で、なんだってまた俺は男女のイチャイチャトークを見せつけられなくっちゃいけないんだか」
「
志賀がキョトンとした目で俺を見た。
「なんだ?イチャイチャトークって」
「お前さんたちお二人のことですよ。全く、見せつけてくれちゃって。羨ましいったらありゃしない。学年屈指の美少女、黒姫叶恵嬢からデートのお誘いを受けてると言うのに、この朴念仁ときたら……」
「デッ⁈デートって……っ」
黒姫が赤くなって俺を見た。
「誰が、いつ、デートのお誘いなんて……したっていうの⁈」
「黒姫が、今、したじゃない。志賀にむかって、「一緒にケーキ屋に行こう」って。その可愛らしいお口でさ」
「なんだ、そう言ってたのか」
志賀が納得した様子で手を叩く。黒姫は相変わらず真っ赤な顔を志賀へと向けて、弁解のようなことを口走る。
「ち、違う!勘違いしないでよ⁈別にそう言うつもりじゃ無いから!ただ、そのケーキ屋さんにちょっと行ってみたいなって思っただけで、どうせなら志賀くんも誘ってあげようかなって思っただけ!別に一緒に行くのは誰でも良いし、志賀くんは暇そうだから聞いてみただけだし、別に特別なことなんかなにも無いからぁ!」
かなりの早口だったが、今度は志賀にもちゃんと聞き取れたらしい。
「そんな人を暇人みたいに言うなよな。……ま、でも確かに今日は空いてるわ。じゃあ、行く?」
照れもせず、気取りもせずに、飄々とした態度で誘う志賀。やはりモテる男は違う。
黒姫はツンと顔を逸らし、腕を組んで、答えた。
「し、仕方ないなぁ。志賀くんがそう言うなら行ってあげても良いけど?」
「いや、誘ったのお前じゃ……」
「仕方ないわね‼︎」
志賀はやれやれ、と言いつつ小さく笑った。そんな彼の顔をチラッと見てから、黒姫の口から言葉が溢れる。
「……やったあ」
「え?なんて?」
「なんでもない。独り言‼︎」
そう言って、黒姫はバタバタと自分の席へと戻って行った。
教室の隅から、こちらのやり取りを見ていたらしい女子二人組のヒソヒソ声が聞こえてくる。
「黒姫さん、誘えて良かったね」
「ほんと。あの二人早く付き合っちゃえば良いのに」
もちろんこれは、誰にも聞かせるつもりもない二人だけの内緒話だろう。しかし俺の耳には届いてしまう。
「賑やかな奴だな」
席についた黒姫の後ろ姿を見つつ、志賀が言う。彼は黒姫の想いには気づいていないのだろう。
仕方のないことだ。志賀は恋愛に疎く、鈍感で難聴系。勘がいい上に耳が良すぎる俺とは正反対の主人公気質な男である。
「全く、このにぶちん野郎」
「あ?芳一、なんか言ったか?」
「独り言さ、独り言」
「なんだよお前もか」
何も知らずに、志賀は笑った。
それで良い。お前はそれで良いんだ。俺は思う。ラブコメ主人公にとって一番必要な条件とは、難聴系であること。これである。『難聴』ではなく『難聴系』である。ここ大事。
もしヒロインの些細な呟きが全て聞こえてしまっていたら、ラブコメなんてあっという間に終わってしまう。思わず漏らした『好き』という感情を聞き逃してスルーしてしまう。それこそがラブコメを展開させる上では必要なスキルなのだ。
逆に言ってしまえば、どんな呟きも独り言も聞き逃さない——耳が良すぎる俺なんかにはラブコメ主人公など到底務まらないのである。
だから俺は、あくまで友人に徹するのだ。俺の信頼する『主人公』と、最推しの『ヒロイン』をくっつけるために全力でサポートしていく所存。
これは『主人公の友人キャラ』であるこの俺、
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