#2 目覚めのエチュード

 人の本質はそう簡単には変化しないが、表面的な部分は意外と変わるものだ。蓮園先輩に会った翌朝、そんなことを思ったのは単純に、寮の食堂で蓮園先輩を見付けたからだ。先輩と昨日、会話をしていなければ同じ寮生の一人としてしか、認識していなかっただろうけれど、今は明確に蓮園先輩だと認識している。まぁ、気付いたからって一緒に朝ご飯を食べようとは思わないんだけど。まだ朝早いし席もけっこう空いている。お盆の返却口に近い席に座ろうと……そう思った時だった。


「昨日の娘だ! こっちおいでよ!」


先輩から声をかけてくるとは全然思ってなくて……驚きながら返事をして席に着く。


「お、おはようございます。……その、早いんですね」

「まぁね。朝は校舎の周りを一周走ってからシャワーを浴びて、それから朝ご飯にしてるんだ」


先輩って運動部なのかな? そんな感じだけど……でも変わった人っぽいし実は違ったりしないかな……?


「せ、先輩って……何部、なんですか?」

「あぁ、言ってなかったっけ? ひーちゃんはね、バドミントン部なんだよ。バトミントンじゃないよ、バドミントンね?」


バドミントン……オリンピックでも女性選手が活躍しているのを見ているし、すごくスピーディな競技なのは分かる。マイペースそうな先輩がバドミントンをしている姿……ちょっと想像出来ないけど……それは失礼かな。


「ともちゃんは何部? やっぱフルート吹いてるくらいだし吹奏楽?」

「え、あの……その、実は……部活行けてなくて……」


私がそういうと蓮園先輩は驚いたようで、私にどうして部活に行かないかを聞いてきた。私だって本当はもっと上達するために部活に参加いたいけれど、多くの人の前で演奏するのも、そもそも大勢の中に入るのも苦手で、そんな感じで答えたら、今度は先輩が私を驚かせる番になった。


「大丈夫だよ、ともちゃんってばちゃんと話せてるよ。ひーちゃんが保証するよ!」


……ともちゃんって呼ばれ方にもまだ思考が追いついていなくて、自分のことなんだろうなぁくらいでしか捉えられていない。


「まだ、先輩と一対一だからで……人がいっぱいいたら……恐いんです」


星花はここらじゃ一番の大企業、天寿が経営母体だ。私は家族に楽させてあげたいから、いい会社に就職したい……だからいっぱい勉強して特待生で星花にやってきた。でも、周りはお嬢様やアイドルみたいに可愛い女の子たちばかりで……。私みたいな見た目もぱっとしない貧乏人がここにいていいのだろうかと不安で不安で……。もうそろそろ一年経つのにまだ慣れることが出来ない。蓮園先輩も目鼻立ちがきりっとしていて、アイドルだと言われれば信じられるくらいに美人なのだ。そんな先輩に見つめられるとなんだかドキドキしてしまう。


「人がいっぱいいるのが苦手なのに寮生活は大丈夫なんだ?」


言われてみれば当然の質問だと思った。私は、頑張って人の少ない時間帯に食事をしたり入浴をしたりなんてことを伝えてみた。それに、菊花寮は桜花寮に比べて全体的な人数も少ないし。


「ていうかともちゃんって、勉強が出来るから菊花なの?」

「え、あぁ……そうです」

「頭いい子ってさ、クラスで頼られたりしない? ここ教えてーみたいな感じでさ。ひーちゃんのクラスにもそーゆー子がいてさ、テスト前に教室で勉強会やってたよ」


それは確かにすごいかも。でも私……クラスにもっと頭のいい人いるし、実家生だから寮にはいないけど、クラス委員長もやっていて憧れちゃうなぁ。


「ふむふむ、君は自分に自信のないタイプなんだね」


突然の再確認に頷くより他ない私。自身があれば部活にももっと参加出来るだろうし、クラスでも積極的に人と関われると思う。でも……いきなり自信を持てなんて言われても無理だよ……。


「じゃあさ、ひーちゃんの側にいるといいよ。なんてったって、ひーちゃんは自信の塊みたいなもんだからね。吹奏楽部の知り合いはいないけど、いろんな人といっぱいおしゃべりすればいいよ。ともちゃんなら大丈夫、可愛いもん」


いたずらっ子のように笑いかける蓮園先輩だけれど、私にはどこか他人事のように思えた。まだ、この時は――――

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