君と奏でる恋の音

楠富 つかさ

#1 出会いと満月のオーバーチュア

 年が明けた1月半ば。寮には帰省していた人たちも戻っており少しずつ普段通りの雰囲気になってきた。私は……家に帰らなかった。どうにも私は他人の視線が怖い。家に帰ったら安堵して二度と戻れないような気がして……。でも逆に、エアコンの無い実家に帰るのもつらいなんていう理由もあるんだけれど。実家の暮らしは貧乏で、私は必死になって勉強して星花に入った。特待生なら公立と同じくらいの学費でよりよい勉強が出来る。私は高等部からでもいいって言ったけど、両親は友達がいっぱい出来るようにって中等部から入るよう言ってくれた。

 なのに……全然友達なんて出来やしない。そんなこと親に知られたくない。嘘をつき通せる自信もないし、やっぱり家には帰れない。講習に参加するから帰れないって言ったし、実際に講習を受けていっぱい勉強した。勉強はそこそこ出来る実感もある。だからこそ、成績上位が招かれる菊花寮に入寮出来たんだ。菊花に住んでると言えば話のとっかかりになるって思ったから、ルームメイトのいる桜花寮じゃなくてこっちに来たのに……ううん、きっとどこかでルームメイトと仲良く出来なかったら……なんて怖がっていただけなんだろう。


「はぁ……」


 ベッドに寝転がり無為な時間を過ごしていても暗くなるだけだと思い、愛用のフルートケースを持って外に出る。新春の夜風は冷たく気持ちを少しだけしゃきっとさせてくれる。寮の個室は十分すぎるほどに広いけれど、もっともっと広い場所で吹きたくなってからは屋外で吹くようにしている。今のところ騒音とかの注意は受けていない。


「すぅ……。~~~~♪」


 手前味噌だけど四月の頃よりよっぽど上達したと思う。吹き慣れた曲なら楽譜を見なくてもそこそこ吹けるし、簡単な曲もけっこうマスターしたと思う。入部届けこそ出したけれど、ほとんど行っていない吹奏楽部……あそこで練習したらもっと上達しただろうか、もっと人間関係を構築出来ただろうか……。あぁ、せっかくフルートを吹いている時なのにどうして集中出来ないんだろう……。何だか……視線を感じるから、かな? 後ろ? 演奏を止め振り向くとそこには……。


「やぁ、いい音色だね」


 私にはその人が絵本に出てくるような王子様に見えた。満月の蒼白い光を浴びた黒髪の……。でもここは中高一貫の女子校、そのすらりと脚がスカートから伸びていることも併せて、私の目の前にいる人は女の子で、多分だけど私と同じ寮に住んでいる……と思う。


「こんな寮の裏手で何をしているんだい?」


 少年のような声を予想していたけれど、思った以上に澄んだ可愛らしい声で尋ねられた私は、胸の前にあるフルートをぎゅっと握った。


「あー、個人練習かな? ひーちゃんそーゆーの尊敬しちゃうなぁ」

「あ、いや……ちが」


 初対面の人と上手く話せない……。言いたいことが声になってくれない。


「ねぇ、君の名前を教えてよ。あ、自己紹介が先だね。ひーちゃんは蓮園緋咲、中等部の二年で菊花寮に住んでるの」

「わ、私……一年の、君嶋、知代……です。私も……菊花寮に住んでます」



 それが私、君嶋知代と蓮園緋咲先輩との出会いだった。この出会いが私にとって、人生の大きなターニングポイントになるなんて……この時はまだ思ってもみなかった。

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