嫌われ者異能者は旦那様に溺愛……されている? 弐

もも@はりか

第1話 あこがれなんじゃない?

 春の穏やかな空気のせいか、大通りには人がごった返していた。


「まったく、なんっていう人通りなんでしょう」


 ひな祭りの際の見合いから一年。


 都にのぼり、都の名門の異能の家・梅倉うめくら家に嫁入りしたばかりの葉月はづきは唇を尖らせ、言われた通り大通りの太鼓橋の前に立つ。彼女は人混みが本当に苦手だ。

 そんな人だらけの場所を待ち合わせ場所に使った夫・朔夜さくやに恨みさえ湧いてくる。


 褪せた臙脂色えんじいろの羽織を着込み、葉月は眉根を寄せた。


 朔夜は朝からどこかに出かけていたが、四半刻三十分ほど前、いきなり文をよこしてきた。葉月に迎えにきて欲しいという。


「どうせどこかで遊び呆けて身ぐるみ剥がされたんでしょう」


 芸者遊びでもやっているんじゃないかと葉月は頬を膨らませる。一応本当に身ぐるみ剥がされていたら嫌なので金を懐に入れ、夫の着物を箪笥から出して風呂敷に詰めた。


 そして、指定通り大通りへ赴き、橋の前で待っているというわけである。

 太鼓橋を華やかな女性たちが行き交う。


 いずれも吐き気を催すほど派手な着物だ。紅色の友禅に、深い藍色の辻ヶ花に、……葉月には一生縁がない世界。


 しかも彼女たちの話す内容はいずれも唾棄すべきものだった。能役者の誰が誰と恋仲だとか、お稽古の先生が美男子で素敵だとか、美容にはどんな食べ物がいいだとか。


 はあ、と彼女はため息をついた。


「いいですねえ。綺麗なお着物を着て楽しそうにしてて」


 すると、女性たちの集団が振り向いた。地獄耳と言うべきだろう。彼女たちは目をするどく光らせ、葉月の方へと向かった。


「あなた、もう一度おっしゃってくださる?」


 腹の虫の居所が悪く、葉月も負けずに彼女たちに言い返す。


「ええ。お綺麗なお着物を着て楽しそうにしている頭の弱そうなお嬢さんたち」

「ああん?」


 葉月は次の瞬間、近くにあった袋に詰められて女たちに何度も蹴り飛ばされてしまった。



「おーい、葉月ちゃんでしょう。葉月ちゃん」


 気づけば袋ごと誰かに揺らされていた。

「ぐう」という声をあげると、大笑いされて袋の紐を解かれた。


 顔を出すと夫の朔夜が薄い茶の瞳を細めて口を覆いながら肩を震わせている。

 彼の隣には二、三人の男性がいて、皆何やらヒソヒソと話し合っていた。


「彼女が僕の可愛い妻なんだ」

「そうなの……か?」


 傍らの真面目そうな男が困惑しながら朔夜を見る。


「袋詰めにされてたけど……」


 もう一方の、朔夜よりさらに遊んでいそうな男が目を瞬かせている。

 袋から葉月を引き出しながら朔夜は即答した。


「舌禍の癖があるんだよ、僕の妻には。なんというか、小型の犬がやたらと吠えるでしょ? そんな感じ〜。よしよし、葉月ちゃん」


 葉月の頭に朔夜の大きな骨ばった手が乗せられる。びくり、と彼女は羞恥でうつむいた。


「こいつらは僕の悪友。朝からこいつらと飲み歩いてた」

「……そうですか」

「違います奥さんッ!」


 真面目な男がろくろを回すときのような仕草をする。


「我らは異能の研究をしていただけッ! 酒が入ったのは確かですがッ! 怪しいことなど決してしておりませんッ」


 朔夜より遊んでいそうな男が唇を尖らす。


「朔夜が嫁を貰っちゃったから派手に遊べなくなっちゃったよね」


 彼らの話を総合するに芸者遊びで身包み剥がれたわけではなく、都では異能の家で交流があり研究会をよく開いているとのことだった。その帰りに葉月に持って欲しい荷物があったらしい。


 葉月は朔夜に渡された大量の本を持ちながら、朔夜の友人たちに頭を下げる。


「夫をよろしくお願いします」


 すると彼らは、「こちらこそ朔夜をよろしくお願いします」とこぞって頭を下げてきた。



 朔夜は葉月とともに仲間と別れて家に戻った。夫婦二人で大量の本を持っている。いずれも異能について書かれたものだ。


「なんで今日も袋詰めにされちゃったかなあ?」


 葉月はうつむいた。目の前に華やかな着物を着た別の女性たちがまた現れたので、すぐ顔を背ける。


「ははん。嫉妬したな」

「嫉妬!?」

「おおかたすごく可愛らしい着物を着た女性に喧嘩でも売ったんでしょう」

「ぐう」

「葉月ちゃんはそういうところがあるからよくないよ。よし、行くか。母上もってうるさかったしな……。夫として配慮が足らなかった」

「え?」

「葉月ちゃんのあこがれの派手な着物を買いに行こう! もうとんでもなく可愛いやつ!」


 朔夜は大きく何度も頷いた。


「ち、ちが! 違いますって! 私が怒ったのは今の世の中が軽佻浮薄けいちょうふはくに過ぎるからで」


 葉月が大きく手を横に振ると、朔夜は「いやあ?」と首を傾げた。


「あこがれなんじゃない?」

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