私を照らす君の光に憧れて
楠富 つかさ
プロローグ
「卒業おめでとう。真白」
教室の窓越しに見える青空には、まだ冬の名残があり、澄み切った空気が広がっていた。卒業式の余韻に包まれた教室に二人きり。どこか寂しさと新しい始まりの期待が交錯する。窓際に立つ彼女のシルエットは、まるでその青空と一体化しているようだった。
「私からもおめでとう。陽乃ちゃん」
私の目の前にいる少女、冴島陽乃さえじまはるのは私の幼馴染みで唯一の親友。文武両道、容姿端麗を地で行くお嬢様の少女で、社交的で物怖じしない性格。容姿だって素晴らしい。 艶のある黒髪は白磁のような肌との好対照を描き、整った目鼻立ちは愛らしさの中に凛々しくも見える。その体躯も、私より少しだけ高い身長にきれいな手足。腰も細いのに出るとこは出ている。
その姿は、私の目にはまるで何か絵画の中から飛び出してきた存在のように見えた。だけど、実際の陽乃ちゃんはどこか無防備で、こうして目の前にいる時も、少しだけ不思議そうな表情を浮かべている。
「あんまり実感湧かないけどね」
セーラー服の白いスカーフをなぞる指先まで美しい。その上、勤勉で実直、スポーツも人並み以上に出来る。 弱点を絶対に見せない。いや、あるのかも分からない。私の対極にいる少女。彼女の笑顔を見ていると、自分がどれだけ凡庸で、どれだけ小さな存在なのかを突きつけられる気がする。
「春休み、どこ行こうか?」
そう言ってはにかむ陽乃ちゃんだけど、二人きりになるまでにすごく時間がかかった。だって――
「……いいの? いろんな人に声かけられてたと思うけど」
陽乃ちゃんは生徒会長も務めた人気者。さっきの卒業式だって卒業生代表として答辞を読んでいた。すごくかっこよくて、誰よりも輝いていた。だからこそ、いつか自分が彼女の輝きで焼き尽くされてしまうんじゃないかと不安になるときがある。
「いいのよ。生徒会長としてのお別れはちゃんと済ませたんだから」
陽乃ちゃんが窓の外に視線を向ける。私も彼女の隣で校庭の様子を覗く。記念撮影をしたり、肩を組んで歌ったり、思い思いに別れを惜しむ姿が見える。
「真白と同じ学校、嬉しいよ。ふふ、真白のことだからブレザーだってきっと似合うわ」
すぐ隣からメゾソプラノの優しい声が私の耳朶をうつ。その声を聞くだけで、まるで魔法のように、さっきまでの不安が少しずつ消えていくようだった。
「私が陽乃ちゃんに追いつけるのは、勉強くらいだから」
「真白、本当によく頑張ったものね」
なんの取り柄もない私だけど、陽乃ちゃんに教わってたくさん勉強した。陽乃ちゃんが根気よく私がつまづく問題を解説してくれたから、だから勉強は嫌いにならなかったし、陽乃ちゃんのために勉強しようって思えた。
私なんかが彼女の時間を消費して勉強を教わるなんて、わがままなのかもしれない。テスト前にはよく陽乃ちゃんがクラスの子たちと勉強会を開いていたけど、つきっきりで教わっていたのは私だけ。私が、ほかの子たちと一緒だと集中できないからって、わがままを言ってしまった。でも、たとえわがままだったと言われても、陽乃ちゃんと過ごす時間を誰かに奪われるなんて耐えられなかった。
「陽乃ちゃんと同じ高校に行けて、私、本当に嬉しいよ」
本当なら彼女を推薦で入学させたい高校は沢山あったのだろう。特待生にだってなれる筈だったのに、陽乃ちゃんがその引く手を振り払ってまで、地元の公立高校に進んでくれることが何よりも嬉しかった。だから、頑張って勉強した。 たとえ越えることが出来なくても並んでいたかったから……。そして今日が中学校の卒業式。
「この三年間、あっという間だったね」
「うん、私……いつも陽乃ちゃんを追いかけてたっけ」
陽乃ちゃんとは幼稚園の頃からの幼馴染だから、もう十二年にもなる長い付き合いで、私の思い出はほとんどが彼女と過ごしたもので占められている。私の……一番大切な人。
「ふふ、真白ったら小さいころはよく転んでたよね。今はもう、大丈夫だけれど」
「うん。私が転ぶたびに陽乃ちゃんが手を差し伸べてくれて、手当もしてくれて……。陽乃ちゃんは絶対に見捨てないって信じてるから、だから、大丈夫なんだと思う」
「当然よ、真白のことはちゃんと私が守るからね」
陽乃ちゃんの言葉が、いつでも私を立ち上がらせてくれる。気づけば窓の外に見えていた生徒たちも減ってきた。これまで過ごしてきた時間を惜しむように、私たちはわざと遠回りをして昇降口に向かった。
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