3.

「あらぁ、洋風の可愛らしいお宅じゃないですか。緊張しますねぇ」


夏木なつきさん、おばあさん口調が抜けていませんよ。リラックスリラックス。尾畑おばたさん、到着しましたぁ。見えていますかぁ?」


 見覚えのある白とブラウンの外壁の家。その前に緊張して顔が強張こわばっている夏木さんと、両手を頭上で振り回しているたちばなの姿があった。


「見えています。なんだか……流石に緊張しますね。夏木さん、頑張って下さい」


「はい」


「よーし! では、行きましょうか」


 当然のように玄関の前に立った橘に、夏木さんが「一緒に行く気ですか?」と尋ねるのを見て、ちゃんと打ち合わせができているのか不安になる。


「えぇ、お構いなく。ピンポン押すのも変なので、カギ開けて貰えますか? お渡しした尾畑さんのバッグに入っているはずなので」


「そうですねぇ……じゃなかった。そうね、どこかしら? あ、あったあった」


 カギを開けた夏木さんが恐る恐るドアを開ける。


「た……ただいま帰りました」


「おかえり。チョット何? よそいきの声出して。あなたが橘さんですか? 初めまして、真弓まゆみの母です」


 パタパタとスリッパの音を軽快に立てて歩くのは母さんのクセだ。いつもと変わらないその音を聞いただけで、なんだか目頭めがしらが熱くなった。


「はい。ご挨拶が遅くなりました。橘灯流たちばなとおると申します。この度は真弓さんを連れ回してしまい、申し訳ございませんでした」


「急な話で驚きはしましたけど、大丈夫ですよぉ。この子が何も言わないものだから」


「あはは。真弓さん、シャイですから。あちらでもとても助けて頂いて、本当に感謝しかありません」


「お役に立てたなら良かったです」


 橘と母の間で繰り広げられている会話の意味がわからないのは夏木さんも同じようで、二人の顔を交互に見て早速あたふたしている。これは嫌な予感しかしない。


「夏木さん、どういう事か聞いてみて下さい。私も意味がわからないので」


「あっ、はい……じゃなくて、えーっと。何? 二人は何の話をしているの?」


「何って……あっきれた。まだ誤魔化そうとしているの? 全部橘さんから聞いているんだからね。思春期の子供じゃあるまいし、何を隠そうとしているのかわからないけど、お母さんは大歓迎よ」


「橘さんから聞いているって、何を?」


「すみません。実は、お母さんにお電話したのは真弓さんに内緒にしていたんです。何も言わずに出てきたっていうものだから、責任を感じてしまって」


「そうだったんですか。この子って何歳になっても秘密主義者で。橘さんのように自然とフォローしてくれる方がお相手だと私も安心できるわぁ」


「だから、何を? お母さんは何を聞いたの?」


 再び二人の会話になってしまうのを、私の顔をした夏木さんが必死にさえぎる。


「面倒くさい子ねぇ。お付き合いしている橘さんのお母様が倒れたのを心配して、秋田まで付いていったんでしょう?」


『えぇぇぇ?』


 私と夏木さんの驚く声がキレイにハモった。


「仕事を休んで付いてきてくれて、僕も本当に心強かったです。母もとても喜んでくれました。幸い、疲れが溜まっていただけだったので早く戻って来る事ができて……全部真弓さんのおかげです。ねっ?」


 笑顔を浮かべてペラペラ喋る橘が夏木さんに同意を求めている。この最悪な案に乗るしかないか、他に切り抜ける方法がないか。考えても何も浮かばない。

 どうしたものか声を掛けあぐねていると、沈黙に耐えかねた夏木さんが顔を引きつらせながら「どういたしまして」と答えた。


「橘さん、玄関で立ち話もアレなんで、上がってお茶でも飲んでいって下さいよ」


「えぇっ! いいんですか? じゃあお言葉にあま……」


「橘さん! 仕事があるから職場に行くんでしたよね? お母さん、また今度にしよう。チョットそこまで送ってくるから」


 靴を脱ぎかけた橘の腕を夏木さんが強引に引っ張って外に連れ出したのを見て、思わず画面に向かって手を合わせた。


「何がバッチリよ。あなたが余計にややこしくしてどうするの! と尾畑さんが怒っていますよ。私だって困ります。お母様に質問責めにされたらどうしましょう。尾畑さん、ごめんなさいね。あぁ答える以外の方法が何も浮かばなくて」


「夏木さんが謝る事ないです。悪いのは全部、そこでヘラヘラしている橘ですから」


 伝わらないとわかっていても画面越しに睨まずにいられない。反省でもしてくれたら少しは腹の虫も治まるのに、当の本人は私達の言葉に納得がいかなかったようで、プゥと頬を膨らませている。


「なぁんでですか。お母様も安心したって言っていたじゃないですかぁ。僕、どっからどう見ても信頼のおける彼氏でしたよぉ?」


「なんでじゃないわよ。もっと上手いやり方があったはずでしょ? バカなの? 嘘の彼氏を紹介して何になるのよ。ご丁寧に挨拶までしてくれちゃって……お母さん、勝手に期待しちゃうじゃん」


 私の感情まかせの言葉を、夏木さんが一生懸命再現してくれる。まどろっこしくて申し訳ないけれど、そうしてもらえて有難かった。


「じゃあ本当に付き合いますぅ? なーんだ、そうならそうとハッキリ言ってくれればいいのに。遠回しな言い方しちゃってぇ」


 どうしてこんなに話が通じないのかと目眩めまいがした。画面を殴りそうになるのを懸命に堪えていると、無言の怒りを察した夏木さんが、ずと喋りだした。


「尾畑さん。私が身体の中にいる内に、責任を持って橘さんとは別れたってお母様に伝えるようにします。帰るのが遅いと変に思われそうなので、そろそろ戻りますね。とても気が重いですが……」


「すみません、お願いします」


「夏木さん、ファイトでぇす。あ、コレ秋田のお菓子です。二箱あるので、ご家族と会社のお土産用に使って下さい~。では、何かありましたらいつでもお電話下さいねぇ」


「こういう所は気が回るんですねぇ。はい、わかりました。ありがとうございます」


 さっきより緊張しますねぇ……と夏木さんは憂鬱ゆううつそうに呟いてから、尾畑家の中に入っていった。

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