第25話 想いを伝えるために


◇◇◇


 今日は月曜日。

 今週も学校での生活が始まる。

 前まで学校に行くのが億劫だったけれど、今はそんな気持ちはない。

 友だち——霞や美香に会えるのが嬉しくて、学校に行くのが楽しみの一つになっていた。


「……はぁ」


 でも、今日は百パーセント『楽しい』という気持ちじゃない。

 だって、レイラが……。


 ——気配からして、おそらくその勇者の娘がやってきたのではないかと思います。

 ——魔王さまを倒しにきたのではないかと……。


 レイラが、危険な目に遭ってしまう。


「どうしたの? 桜、今日ずっと晴れない顔してる」

「何かあったの?」


 昼休み。レイラがトイレに行っている間、霞と美香が心配そうにわたしの顔を覗きこんできた。

 どうしよう。なんて言えばいいんだろう。

 レイラが命を狙われているなんて言ったら、警察沙汰になってしまうかもしれない。


「え、えっと……もうすぐレイラが誕生日で」


 咄嗟に出た言葉はレイラの誕生日のことだった。

 こないだポムが言っていたのだ。

 レイラがもうすぐ誕生日だと。


 ――魔王さまに何かプレゼントを渡してほしいのです。きっと魔王さまは、サクラ姉さまからの誕生日プレゼントを欲しがっています。


 どう考えても勇者の件のほうが本題でしょ、と言いたくなったけど、ポムはレイラの誕生日もとても大切なことだろう。

 もちろんわたしの大切な日でもある。

 好きな人の……誕生日なんだから。

 でも、どんなプレゼントを贈ったらいいんだろう。


「わたし、レイラが絶対に喜んでもらえるものを贈りたくて……」

「ふーん……」


 何やら霞と美香がにやにやと笑っている。


「な、なんで笑ってるの?」

「ううん? 随分愛があるなーって思って」

「ね? 女の子同士っていいものでしょ?」


 それは、以前わたしが二人に聞いたものだった。


 ——女同士って……そんなにいいものなの?


 今ならなんとなくわかるかもしれない。

 ドキドキして、緊張して、でもそれが嫌なわけじゃなくて。

 わたしの初めての恋は、女の子になった。


「無難にコスメセットとかは?」

「それで喜んでくれるのかな?」

「じゃあアフタヌーンティー行くとか!」

「でも、前に五人で行ったし……」

「ならネイルセットとか」

「うーん……」


 霞と美香が案を出してくれるけど、いまいちしっくりこない。

 悩んでいたら、美香が「もー!」と大きな声を出した。


「桜ちゃんったら、おバカさんなの⁉」

「……へ?」

「桜ちゃんなら、レイラちゃんに何もらったら喜ぶの?」


 ……わたしがレイラから誕生日プレゼントをもらったら?


「レイラからもらうものなら、なんでも嬉しい。何がほしいか選んでくれたっていう、気持ちだけで……」

「ほら! わかってるじゃない!」


 美香がびしっとわたしを指さした。

 そして優しい笑顔で、


「レイラちゃんだって、同じ気持ちなんじゃないの?」


 わたしに気づかせることを言ってくれた。

 ……そうだ。

 わたしはレイラからもらったものならなんでも嬉しい。

 気持ちだけで十分だ。

 それならきっとレイラも同じ気持ちなのかも……。


 でも、レイラってわたしのことが好きなのかな。

 わたしと半ば無理やり婚約者になったけれど……レイラの気持ちはどうなんだろう。


「ふたりで祝ってきなね。……それで、浮かない顔してたのは何があったの?」

「……え」

「話を逸らしたのは、わたしたちだってすぐわかったよ。話したくないことなら、無理に話さなくていいから」


 霞と美香が頬杖をついて、わたしが話すのを待っている。

 気づかれてたんだ。

 わたしが話を無理やり逸らしたことを。

 そうだよね、浮かない顔してるのに誕生日プレゼント何をあげたらいいかなんて……話さないよね。

 わたしはレイラの話だということは伏せて、正直に言った。


「……自分の大切な人が命を狙われているって知ったら、ふたりはどうする?」

「全力で守る!」


 霞は即答だった。


「美香が命を狙われてたら、全力でそいつと戦う!」


 ボクシングのジェスチャーをしながら、霞は答える。

 霞の意見も大事だ。

 命を狙われてたら、その子を全力で守るために戦う。


 ……わたしにそれができていたら。

 わたしは魔力を持っていない。

 普通の日本人だ。

 そんなわたしに、何ができるんだろう。


「わたしは、大切な人が命を狙われてたら……今思ってること、全部伝えるかな」

「今思ってること?」

「わたしを大切にしてくれてありがとう、とか、霞ちゃんだったら……愛してるよ、いつもありがとう、とか。全部伝えるよ」

「あ……」


 そうだ。

 わたし、まだレイラに気持ちを伝えていない。

 伝えなきゃ。レイラのことが……好きだって。


「ふたりとも、ありがとう」

「ううん。桜も、がんばってね」

「うん」


 レイラはこの日本に馴染もうとたくさんがんばってくれた。

 レイラはすごく強かった。

 誰かの意見に流されることもなく、自分の芯がしっかりある人だった。

 だから……今度はわたしががんばる番だ。

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