第20話 おそろいのストラップ


 女の子のオタクなら誰しもが通る道といわれる、乙女ロードにわたしは初めてやってきた。

 もちろんポムとレイラも初めてだ。

 霞と美香はよく行っているらしい。

 乙女ロードはどこを歩いてもアニメや漫画のグッズ、CDだらけでこんな世界があるんだって驚いた。


「あ!これ前のモンジャタウンの缶バッジだ! 二十個買っても推しカプの絵のやつ出なくて諦めちゃったんだよね……」

「缶バッジ一個二千円もするが、キミは買うのか?」


 レイラが胡乱げな目を美香に向ける。


「当たり前だよ! 推しカプゲットできるのに二千円って、安すぎるから!」

「むむ……よくわからない……」

「レイラだって桜の可愛い笑顔が缶バッジになって二千円だったら買うでしょ?」

「まあ、それは買うけど……」

「レイラは、すっかりサクラの虜ですね」

「ポム!!」


 レイラがポムの胸をぽこぽこと叩く。

 レイラは身長が低く、ポムの胸あたりが頭の位置だった。

 わたしと並んでも一緒で、レイラは胸の位置あたりに頭がある。


 魔王ってもっと背が高くて大人びた者だと勝手に思っていたけれど……レイラを見ていると、そんなのって人間が考えた偏見なんだなって思う。


 乙女ロードを一通り回ったあと、シャンシャインシティにやってきた。

 休日だから人混みも多く、お互いに手を繋いで歩く。

 女同士で手を繋いでいても誰も咎めることもなかったし、罵声を浴びせることもなかった。


「あ、ゼムアンドのリップだ。新色出てる」


 コスメストアに寄ると、わたしのお気に入りのブランドのリップの新色が出ていた。

 マットより艶が出るもので、色もすごくかわいい。


「こんなパッケージのリップ、わたしの世界では見たことがないぞ」

「そうなの? これね、発色がよくて落ちにくいんだよ」


 レイラがリップを覗きこんだ。


「へえ、そうなのか。かわいくなれるのか?」

「うん! あーでも、今給料日前だしなぁ……買うのやめとこ」

「……」


 もうすぐ給料日で、今財布にほとんどお金が入っていない。

 新色は今まで見たことがない色ですごくほしかったけど、断念して美香と霞のところに二人で行った。

 給料が入ったら、買おうかな。




「え、すごい! 大きい!」

「でしょ~? ここのアニメショップめっちゃデカいんだよ」


 シャンシャインシティでコスメストアや洋服屋を堪能したあと、アニメショップにやってきた。

 何階建てなの⁉ というくらい大きくて、中に入ればとんでもないほど広い。

 霞に聞いてみればここは本店で、最大級のアニメショップらしい。


「あ、これ、わたしの好きなゲームの……」


 グッズ売り場に行くと、レイラと一緒にやったゲームのストラップが売っていた。わたしの持ちブキのストラップだ。

 隣には同じゲームの弓のストラップもある。


「確かレイラ、弓を気に入ってたよね」


 レイラは今霞と美香のところで楽しくお話している。

 わたしのほうは見ていない。

 ……これを買ったらレイラ、喜ぶかな。


 財布の中にいくら入っているかを確認する。

 ……うん、大丈夫。

 これならギリギリ足りる。


 わたしはレジに並んで、弓のストラップと自分の持ちブキのストラップを一個ずつ購入した。

 もう給料が入るまでお菓子くらいしか買えなくなっちゃったけど……でも、どうしてか全然後悔していなかった。


「魔王さまへのプレゼントですか?」

「あ……ポム。ご、ごめんわたし、お金なくて……」


 ポムにもストラップをプレゼントするべきだった。

 レイラと一緒に住んで、わたしとも仲良くしてくれているのに……。

 でも、もう一つストラップを買う余裕がない。

 もう一度謝ろうとしたら、ポムはにこりと微笑んだ。


「全然気にしていません。きっとそのプレゼントは魔王さまが大喜びいたします。ですから……」


 ポムは霞たちと話しているレイラを見つめた。


「魔王さまが喜んでくだされば、わたしは他になにもいりません。それだけで十分、幸せなのです」


 それはポムの本心なんだとすぐにわかった。

 魔王の従属として生きてきたポム。

 魔王が喜ぶことは、ポムにとっての最大の幸せなのだろう。

 いつかポムにも何かプレゼントしてあげたいな。


「ポムって誕生日はいつなの?」

「わたしの誕生日ですか?」


 ポムは「う~ん……」と顎に手をあてて唸り始めた。


「もう忘れてしまいました。生まれた日なんて、何百年も前なのですから」


 ため息混じりにそう言って、うんと背伸びをするポム。

 ポムは不死身の魔族だ。

 ずっと生きてきたら、誕生日も忘れてしまうのだろう。

 ……でももしわたしがそうだったら、自分が生まれた日を忘れてしまうのは寂しい。


「それならポムが最近生きてきた中で、一番大事な日だと思った日は?」

「一番大事な日……」


 なんとなく聞いてみたら、ポムはすごく悲しそうに顔を歪ませた。


「……わたしのことは、祝わなくていいのですよ」

「でも……」

「いいのです。また、誕生日と同じくらい盛大に祝えるような大事な日を思い出したら、お話します。今日は、楽しみましょう」


 それは、ポムが何か悲しいことを思い出したと言っているような言葉だった。

 そうわたしには読み取れてしまった。

 それがなんだかわからないまま、わたしたちはレイラたちと合流し、アニメショップを後にしたのだった。

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