第5話 婚約指輪をもらいました
「では、婚約の印に婚約指輪をはめていただけませんか?」
「ポム! それは……」
「魔王さま、素直になったらどうですか? サクラ姉さまは魔王さまの好みの女性でしょう」
「なっ……」
「それに、この国がどういったものかわかりませんし、わたしたちのことを話して鵜呑みにする人などきっといないでしょう。この世界のことがまだわからない以上、サクラ姉さまについていくしかないのではありませんか?」
「それは、そうだが……あの指輪を渡すのは……」
なにやらポムとレイラさんが揉めている。
しばらく話し合ったあと、レイラさんはポムに負けたのか、ポケットからブラックダイヤのような宝石が嵌めこまれた指輪を差し出してきた。
「これは、婚約指輪だ。魔王の婚約者は、いかなるときでもその指輪が守ってくれる。指輪の宝石には闇属性が付与されている。婚約者に危機が迫ったときに、その宝石が作動するんだ」
「や、闇属性……魔法なんですね」
「そうだ。この指輪には、わたしの両親の魔力が入っている」
「両親……両方女性なんですか?」
「もちろんだ」
女同士で、どうやってレイラさんは生まれたんだろう……?
謎が深まりつつあるけど、レイラさんはわたしの薬指にそっと指輪をはめた。
「きゃっ!?」
一瞬だけ、黒と白の光がわたしを包んだ。
すぐにその光は指輪の宝石へと吸いこまれていく。
そのときなんだか温かくて柔らかい感触に包まれた気がした。
「うん。……これでキミを守ってくれるだろう」
「あ、ありがとうございます」
早速婚約指輪もらっちゃったけど……わたし、もしかして逃げられないようにされてない?
気のせい?
「サクラ姉さま、この世界には学校は存在しますか?」
「ありますよ」
「サクラ姉さまも通われているのでしょうか」
「通っていますよ。梅泉女子高等学校っていうところです。えっと……高等学校っていうのは、十五歳から十八歳までの子が通います。その前に通うのが中学校っていうところで……」
おおざっぱに学校の説明をすると、ポムは「サクラ姉さまはおいくつなんですか?」と訊いてきた。
わたしは高校一年生で、十五歳。
素直に伝えると、ふむふむとポムは唸り、ボフンッとポムのまわりに煙があらわれた。
「な、なにこれ!?」
「安心しろ。ポムが変化するときの煙だ」
「変化……?」
煙がなくなり姿をあらわしたのは、狼の耳と尻尾が生えた大人の女性だった。
服も日本人らしい白のデコラティブブラウスに、ベージュのワイドパンツ。
はっきりとした顔立ちで、睫毛もぱっちり上がっていてとても美人だ。
「ポムは……狼の耳と尻尾が生えた日本人(?)に変化できるんですか?」
「なんでも変化できますよ。人間でもエルフでも椅子でも鳥でも。わたし、これから魔王さまの転校手続きに行ってきます」
「て、転校?」
「はい。十五歳は高等学校というところに通わなければならないのでしょう? 魔王さまは十五歳なのですよ。それに少々幼い顔立ちをしておりますし、適当に外など歩いていたら軍などに事情聴取されてしまうのではないですか?」
それもそうだ。
軍……ではないけど、幼い顔立ちのレイラさんが平日の昼間とかに外を歩いていたら警察に事情聴取されてしまうだろう。
「役所の場所はどこですか?」
「えっと……地図を書いて渡しますね」
わたしはここからの道のりと役所の周りの建物の名前を書いた地図をささっとボールペンで描いて、ポムに渡した。
「……ありがとうございます。この地図を頼りに行ってきます」
「ちょ、ちょっとまってください!」
「……?」
ポムは尻尾と耳を揺らしながら部屋を出ようとするものだから、急いで止めた。
さすがにレイラさんよりポムが先に事情聴取されてしまうだろう。
「狼の耳と尻尾が生えている人間はこの世界にいないので……やめたほうがいいと思います……」
「なんと! この世界には獣人がいないのですね!?」
ポムはボフンッと再び煙を出し、煙が消えたころには狼の耳と尻尾は綺麗さっぱりなくなっていた。
ただの港区にいそうな美人OLといった見て呉れだ。
それから戸籍などはどうするのか聞いたら、魔法を使ってどうにかすると言っていた。
洗脳は闇属性の魔法の中で基礎に入るそうだ。
こわすぎでしょ。
「それでは、行ってまいります」
「は、はい。お気をつけて……」
バタンとドアが閉まる。
わたしとレイラさんの二人きりになって、沈黙が訪れた。
レイラさんはチラチラとなにか言いたげにわたしを見ているけど、なにも言ってこない。
なにか話さなければ。
でも中学以来身内以外と全然話していないし、なにを話したらいいかわからない……!
しかも美少女すぎて緊張してしまう。
すべてのパーツが整っていて、本当に人形みたい。
魔王ってどんな仕事をしているの? と必死に考えた末の話題を出そうとしたとき。
――ぐぎゅうううううう。
「……っ!」
瞬時にレイラさんが自分のお腹を押さえた。
顔を赤くして「い、今のは違う!」とわたしを焦ったように見つめている。
「別に、お腹がすいているわけではない! これは、その、臓器が動いただけ!」
スマホで時計を見ると、十五時半。
おやつの時間だ。
「一緒にカフェに行きましょうか」
「い、行かない! お腹すいてない!」
「でも、夕ご飯まであと三時間くらいはありますよ?」
「う……」
「行きましょう! この辺りにはいろいろあるんですよ」
わたしは立ち上がってドアを開けた。
そのままわたしたちは、外へと出る。
初めて身内以外の人とカフェに行く。
といっても、この世界の人間ではない魔王とだけど。
家族とカフェに行ったのも二人が海外出張する前のときだったから、記憶が乏しい。
わたしの面倒はお母さんの妹――鈴子叔母さんが見てくれていて、ご飯を作りにきてくれる。
鈴子叔母さんは娘さんもまだ小さく、忙しいから食事にも誘いにくい。
だから、わたしはレイラさんと一緒にカフェに行くことが――すごく楽しみだった。
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