第2話 白河 透羽
「こんにちは。ええと……」
「あ、月宮 雫です。1年です」
「2年の白河 透羽(しらかわ とわ)よ。確認だけど絵のモデルになれば良いのね?」
放課後、件の先輩……透羽は約束通り美術室に来てくれた。
雫は来てくれたという安堵感と、これで逃げられないという緊張感で複雑な心境だった。
「は、はい! 今朝はいきなりこんなお願いをしてしまってすみません」
「構わないわ、特にする事も無いし。それで、どんなポーズをすれば良いの?」
「ポーズと言いますか、椅子に座っていてもらえればそれで大丈夫です」
「分かったわ。この椅子で良いの?」
「はい、お願いします」
透羽は雫の指示通りに椅子に座る。
雫は真っ白なキャンバスと、画材を用意して透羽に向かい合うように椅子に座った。
「それじゃ、描かせて頂きますね」
雫は鉛筆で下描きをして、完成系をイメージしながら油性アクリル絵の具で色を塗っていく。
「……?」
しかし、途中で筆の動きが鈍る。
透羽はモデルとしては申し分無い。
何か違和感があるような気がする。
「うーん……」
「どうかしたの?」
「いえ、色が……」
「色?」
色が薄い……というより“無い”のだ。
透羽本人も色白ではあるが、それよりも内面の色が感じられない。
綺麗な外見に空虚な中身……まるで精巧に出来た人形のようだ、と雫は思った。
「リボン巻いても良いですか? 色を足したくて……」
「えぇ、どうぞ」
「……え」
雫の提案に透羽は微笑みながら応えて……両手を揃えて差し出した。
まるで縛ってくれとでも言っているかのようだ。
彼女のような儚くも美しい女性を縛る、というのは何とも淫靡で背徳的に感じて。
雫は思わずドキリとしてしまう。
「どうしたの?」
「い、いえ……巻きますね」
しかし透羽は、応えてくれたのだ。
色を足したいと思う自分の願うを叶えようとしてくれている……ただそれだけの事なのだ、と。
雫は不埒な考えを振り払うかのように頭(かぶり)を振って、透羽の手首に赤いリボンを巻いた。
「出来ました」
「……こうして見ると、なんだか縛られてるみたいね」
「うっ」
ドキリと胸が高鳴り、思わず頬が赤くなる。
いざ本人から言われると恥ずかしさと気不味さに襲われる。
「ご、ごめんなさいっ! そんなつもりじゃ……」
「ふふ、良いのよ。両手を差し出したのは私だもの。
それよりもこのポーズで良かったかしら?」
「は、はい! では、続きを描きますね」
雫は再び椅子に座り、頭をリセットする為に目を閉じて深呼吸。
ゆっくりを目を開いて透羽の全身を視界に納める。
(……っ!?)
ドクン、と。心臓が跳ねた。
縛った直後は頭の中が恥ずかしさでいっぱいで、透羽の事も真っ直ぐ見れてはいなかった。
しかし椅子に座り、キャンバスに向き合い、透羽をモデルと認識した瞬間……雫の心臓は早鐘を打ち、全身の血液が沸騰するような感覚に襲われた。
「……」
透羽は何も言わず、ただじっと雫を見ているだけだ。
その美しい瞳で……まるで心まで見透かしているかのように、じっと見ている。
雫は心臓の鼓動が更に早くなり……顔が熱くなっていく自分を自覚した。
(綺麗、だ)
何故かは分からない。
だと言うのに、縛られた透羽に言いようもない美しさを感じ取ってしまった。
先程まで不明瞭だった完成系のイメージが固まり、筆をキャンバスに走らせる。
(全体的に色は薄くて……だけど手首のリボンは強調して……
背景は暗く。椅子は赤く。服は白くて、それから……)
一心不乱に筆を動かす。
透羽の儚くも美しい容姿を。
中心で主張するリボンの色を。
縛られた危うさ表現しようと、頭の中に思い浮かんだイメージをそのままキャンバスに落とし込んでいく。
「雫ちゃん」
「……」
「雫ちゃん」
「……え、あ、はい……っ!?」
「時間は大丈夫?」
「え? ……あっ!?」
透羽に声を掛けられ我に返って窓を見ると、夕焼けですっかり赤く染まっていた。
「す、すみません! すっかり夢中になってしまって……っ!」
「ううん、気にしないで。それより……私は雫ちゃんの役に立てたかしら?」
「はい? え、えぇ、それはもう……役に立つってレベルじゃ収まらないぐらいです!」
「そう、良かった……」
リボンを解きながら感謝を伝える雫に透羽はホッとしたような表情を見せた。
その事に雫は多少の疑問を感じたものの、内面まで踏み込む程の関係値では無いしな……と言葉を呑み込んだ。
◇◇◇◇◇
「お待たせしました!」
「ううん、私が一緒に歩きたかったから」
作業を中断し、画材を片付け、帰り支度をして。
スクールバッグは美術室に持ち込んでいたのですぐに帰る事は出来た。
ただ、雫は手を洗ったり片付けがあるので先に帰って良いですよとは伝えたが……当の透羽が雫の支度が終わるまで待っていると言う。
そして実際に透羽はモデルの時に座っていた椅子で待ち続けた。
今は夕日が照らす道を2人で歩いている。
「ねぇ、雫ちゃん」
「はい?」
「何でこの学校に来たの?」
「何で、とは?」
「鳳城学園はスポーツに力を入れている学校で……でも雫ちゃんは違うでしょう?
どうして美術部すらない鳳城に来たのかしら?」
「それ、は……」
透羽に問われ、雫は顔を伏せた。
なんと言おうか、と頭を巡らせる。
「言いたくないのね。分かるわ、その気持ち」
「え、白河先輩にも……?」
「ごめんなさい、ちょっと気になっただけなの。
深く考えないで。でも……この学校に私と似た人が居て少し嬉しいわ。……ねぇ、雫ちゃん」
「は、はい!」
「絵はまだ未完成よね?」
「はい」
「なら、まだモデルは必要でしょう? また明日も描くの?」
「それは、まぁ」
「良かった。じゃあ、また明日ね」
透羽は雫の顎を持ち上げて視線を合わせる。
無表情なのに有無を言わせない、という空気で明日の約束を取り付けて……
「私はこっちだから。じゃあね」
ふりふりと右手を振ると、そのまま曲がり角の先へ消えて行った。
「……なんだろう、あの人は……」
ときめく気持ちと怖い気持ち。
相反する感情が妙に雫の胸を騒つかせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます