カッパの里1

 ガタゴトと高速で進む鉄の塊。

 天宮城修うぶしろしゅうは新幹線で東北地方へ向かっていた。


 これが新幹線に乗るのは初めてではなかったが、修は在来線に比べて揺れない事に感心をしていた。

 正しくは気をそらす為に、日本の技術力がいかに優れているのかに思いを馳せていた。


 修は二人がけ指定席の窓側の席に座っているが、その隣の席には、艷やかな黒髪をたたえた作務衣姿の少女がウトウト目をシパシパとさせながら船を漕ぐようにして座っている。


 少女の名前は深雪麗みゆきれい

 つい昨日、天宮城堂うぶしろどうで働く事になった喪芙武雄もぶたけおのツレであるが、なぜこのような事になっているのかは前日、喪服武雄の面接を終えた一時間後まで遡る事になる。



 まるで夜逃げでもしてきたかのように、深雪麗と、喪服武雄はそれぞれキャリーバック一つづつをカラカラと引きづって天宮城堂の敷居を跨いだ。


 二人とも、それしか荷物を持ち込まなかった。

 臣一が「それだけか?」と聞いた所、二人はそれしか荷物がないと答えたのだ。


 少し大きめなキャリーバックとは言え、引っ越しにしてはあまりにも粗末な物に思えた。


 修が天宮城堂にやってくる事になった時は、段ボールで二十箱程を持ち込んだ。ほとんどが臣一の仕分けによって処分されてしまったのだが、それは別の話。


 その差異のせいか、修は麗の事を訝しんだ目で見る事しか出来なかった。


 武雄との関係性もハッキリとしないし、臣一も問い詰める様子はないし、修は二人の関係性から目を逸らす事にした。


 二人にあてがわれた部屋は、麗の希望により別々となり、空いていた二階の端と端の部屋になった。


 くしくも麗の部屋は修と隣になり、武雄の部屋は廊下のはるか向こう側になった事で、麗のキャリーバックは修が、武雄は自分で部屋まで運ぶ事になったのだが、そこで事件、事故が起こった。


 修は普段からよく運動をしているし、麗のキャリーバックを軽々と持ち上げて急な階段を駆け登った。


 武雄はと言えば、見た目からしてだらしなさそうに見えた。体形の割には細い足。

 キャリーバックを持ち上げただけで太い腕は震えていた。


 心配だったから修は荷揚げ仕事を変わる事を提案したが、武雄はその提案を固辞した。キャリーバックを抱えヨロヨロとしながら階段を登り始めた。


 修も麗も目を離しているタイミングに、バタン!ガタガタガタ!と大きな音を立てて武雄は階段を転げ落ちた。


 荷物を持ち上げた時にギックリ腰を発症したらしく、足の踏ん張りが効かずに階段から転落したようだった。


 すぐに病院に搬送となったが、残念な事に右足を複雑骨折してしまった。


 働かずして、住み込みを始めた矢先に重傷を負ってしまったのだ。


 臣一は武雄の事は責めることはせずに、治るまでゆっくりとすれば良いと声をかけたが、ひどく落ち込んでいた。


 いたたまれなくなったのだろうか、……もしかしたら身の保身かもしれない。

 麗は武雄の怪我が治るまで自らが仕事を手伝うと言い出したのだ。


 それを聞いた臣一は一理あると納得すると、修に同行するように命じたのだ。


 臣一の決定は絶対。修は逆らうことはしない。


 その結果が今の新幹線の中の惨状なのだ。


 天狗に来客を連れて東北へ向かえとは言われていたが、泊まりにもなるかもしれない仕事で、同年代の女子と一緒なんて、修の内心は穏やかではなかった。


 得体の知れない関係性の男と突如現れた美しい少女。

 それと一つ屋根の下で暮らす事になること自体複雑な心境なのに、修はどう正気を保てばよいのか、自問自答した結果。

 考える事自体を放棄したのだった。


『修。美しいオナゴと二人旅とは羨ましい限りじゃな』


 修の心に直接話しかける声があった。

 大天狗の神通力だ。


 修は聞こえないふりをしたが、天狗は返答がないことを気にしない樣子で神通力での会話を続ける。


『しっかりと正しい方を選んだのはさすが我の子孫と言った所じゃな。必ずやその美しきオナゴは修の助けになる。しっかりと手を差し伸べてやるのじゃぞ。フハハハハハ』


 修は天狗の言っている事はよくわからなかった。しかし、天狗は間違った事は言わないから心に深く刻み込んだ。


 ちょうどと言ったタイミングで、修と麗が降りる予定になっている駅に間もなく停車するとアナウンスが入った。


 修は右手を半睡状態の少女に伸ばし、肩を揺する。


「間もなく到着だってよ。車内に忘れ物されても困るからさっさと用意してくれよ」


 眠気まなこを擦りながら少女はコクリと頷いた。

 口元からは少しヨダレが垂れていたが、修はそれを見ないふりをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る