勇者に憧れる少女の物語

空き缶文学

あこがれ

「私も勇者になりたい、魔王を倒したい!」

「無理だ」


 容赦ない村長の冷たい一言に、イーッとなる。


「どうして?!」

「勇者は女神に選ばれるからだ。どれだけ鍛錬に励もうが意味はない。さっさと農作業に戻りなさい、マリィ」


 追い払われてしまう。


「まーたやってるのか」


 余裕の微笑み。王都専属鍛冶師が鍛造した派手な剣を背中に携えたカイル兄さんに声をかけられる。


「うるさいなぁ……カイル兄さん、もう、行くの?」

「あぁ、もうすぐ迎えが来る、王都で最後の儀式を行うんだ」

「私も行きたい!」

「マリィ、君を連れてはいけない。分かってるだろ」


 分かってるけど、感情が邪魔して納得できなかった。

 カイル兄さんと同じように修行だってしてきた、外にいる魔物ぐらい簡単に倒せるのに、私は女神の目に留まらなかったんだ。

 悔しい、ずっとずっと、夢見てたのに――。


「僕がいない間、村のみんなを守ってやってくれ。魔物と真っ向から戦えるのは、マリィだけなんだ」

「……私だって勇者になりたかったのに」

「マリィ、勇者の肩書じゃなくて、誰かを守れる強さの方が大切だ」


 いつもの優しい諭し方。

 これ以上はカイル兄さんを困らせてしまう、私は、ゆっくり頷いた。

 数時間後に到着した王国の馬車。

 国旗を揺らし、立派な馬と御者、王都から兵長が迎えにやってきた。


「マリィ、村長、みんな、行ってくる!」


 村総出で見送りをする。


「無事に帰ってくるんだぞ」

「気を付けてね、カイル!」

「頑張れよ!」


 カイル兄さんを素直に応援できなくて、途中で見送るのをやめてしまう。

 私だって力があるのに、うーん、カイル兄さんに勝てたことがないけど、誰にも負けない自信がある。

 川辺で剣の素振りをしながら考えた。

 勇者ってなに? もっともっと強くならないといけないの? それとも、別の素質がいるの? 分からない……——。





 ——カイル兄さんが村を発ってから、三日が経った。


「マリィ!」


 鍛錬に行こうと思ったら、村長の息子が勢いよく家に入ってきた。

 カイル兄さんより五つ年上だったかな、剣も持てないひ弱な人。


「魔物退治?」

「そうとも、近くの廃鉱にな、魔物が巣食ってるんだ」

「分かった……他は誰もついてきてくれないの?」

「いるわけないだろ、カイルもいないしな」


 偉そうに、次期村長なら魔物を追い払えるぐらいには鍛えてほしい。

 ま、いっか、無理に連れて行っても無駄死にするのがオチだ。

 剣と軽装鎧を装備してと、あの廃鉱なら頑丈そうな魔物がいるかも、応急箱と魔導書も持っていこう。

 さて、村から五キロほど離れた廃鉱に出発。

 川に沿って歩き、道中で遭遇するスライムやゴブリンをひと振りで倒しながら進む。

 川と森の間に古びた小さい廃鉱。中は真っ暗でなんにも見えない。

 魔導書を開き、周囲を明るくさせる呪文を唱える。

 頭上に丸い温かい明かりが浮遊し、一気に視界が広がった。

 ササササ――魔物が驚いて散っていく影——素早く動く魔物を追いかける。 

 ゴブリン達がツルハシを持って襲い掛かってきた。

 錆びて耐久力が皆無に等しいツルハシだけど、一撃くらったら致命傷。

 振り下ろされるツルハシの先端を弾いた。

 バランスを崩すゴブリンの胴体を横に真っ二つ、斬り裂く。

 同様に他のゴブリン達を斬り払う。

 今度は地響きが、


「なにっ?!」


 廃鉱の天井がミシミシと軋み、欠片がボロボロと落ちてくる。

 地面を割り、岩で頭から足先までできた大きな魔物、多分ゴーレムが現れた。

 こんなところにいるなんて……。

 奥で光る丸い目が私を捉え、拳を振りかざす。

 表面が硬いから剣じゃ効かない、振り下ろされた拳をジャンプして避け、ゴーレムの腕に乗る。

 魔導書を開いて、水の魔法を唱えた。

 ゴーレムの足元から水の波紋が生まれ、天井に向かって激しく飛び出す。

 岩が削れ、足の部分が欠けると立っていられなくなり、腕立て伏せみたいな姿勢になった。


「効いてるじゃん!」


 よし、もう一押し! ゴーレムから離れてページをめくり、今度はなんだこりゃ、光魔法かな、とりあえず唱えてみる。

 すると、眩しい球体の光が現れてどんどん剣の形に変わっていく。

 切っ先はゴーレムの胴体を捉え、突き立てた。

 岩だろうと気にせず、光の剣は見事に貫通。

 どんどんゴーレムの体が発光していき、綺麗な結晶になって蒸発する。


「すごっ」


 あっという間に廃鉱から魔物の気配が消えて、綺麗さっぱり。

 剣も扱えて、魔法もできるっていうのに、なんで女神は選んでくれなかったのか、落ち着いたと思ってた悔しさが、また沸き出てきた。


「はぁ――」

『貴様、もっと強くなりたいか?』

「え、なに? 誰!?」


 低い声が廃鉱に響く。

 剣を構えて警戒してみても、誰もいない……幻聴?


『力が欲しいんだろう、英雄になりたいのなら我と協力しないか?』

「……英雄じゃなくて勇者になりたいんだけど」

『勇者など、勇気ある者というだけだ。その点では貴様は既に勇者であろう。英雄は偉業を達成した者に与えられる実績。勇者よりも――』

「ちゃんと女神に選ばれたかったの! 私が憧れてるのは女神に認められた勇者なの!」

『いいのか? 今の勇者を倒すことができれば、貴様は勇者に選ばれることができるぞ』

「え」


 でも、カイル兄さんを倒すなんて、それって、殺すってことだ。

 カイル兄さんのことは大好き、勇者になれない悔しさが大きいけど、誇らしさだって一応ある。

 でも、このままカイル兄さんが魔王を倒したら、一生選ばれることなんかない。


『悪い話ではない。女神の加護を受け、一層強力になった勇者と同等の力をつけるために、我に協力しないか?』

「というかアンタ誰? 姿を見せて!」

『ふむ』


 突如黒いもやもやした影が宙に現れた。


「なにこれ」


 魔の気配が濃い。


『我は魔王の力から生まれし、魔物、貴様らのように名前は持たぬ』

「やっぱり……怪しいと思った、魔物なんかに協力しないから」

『そう言うな、あくまで我と協力するだけだ。我は人を観察する知識的な欲求を満たしたい、魔王の支配など興味ないのだ。そして我なら貴様の欲を満たすことができる、まずは英雄として成り上がり、勇者を倒せ、そして貴様が新たな勇者となり魔王を倒せばいい』


 どうにも、勇者に対する憧れが抑えられない、生きている間にチャンスがあるなら掴むべきだと、心が訴えかけてくる。

 この魔物を信じていいのか、まだ分からないけど……このまま見過ごすのも嫌だ。


「……いいよ、協力する」

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