旅立つ前

 黒いもやもやした影を連れて村に帰る途中、川沿いを歩く。

 よく現れるスライム、ゴブリン、たまに川から出てくる大きなハサミを持つカニと、無駄に牙がデカいワニを斬っては魔導書で消し炭にしながら進む。


「協力するって言ったけど、村のことがさぁ」

『村がなんと?』

「魔物に対抗できる人がいない。村長もおじいちゃんだし、村長の息子は威張ってるだけ、他のみんなも耕作しかできない。魔物がきたらすぐ滅んじゃう」


 生まれた村を見捨てるなんて、できない。


『ふむ、ならば簡単なこと、村そのものを消して――』


 思い切り影の中心を剣で振り払ったのに、全然触れた感じがしない。

 この魔物、実体じゃない、遠くから私を見てるってこと?


「次言ったら、魔導書でぶっ放す」

『我の目でも捉えられぬ洗練された動き、あぁ興味深い、興味深い』


 なんか気持ち悪い。


「光魔法を撃てば消える?」


 岩ゴーレムを倒した光の剣でもぶっ放そうか。


『待て、要は魔物が攻めてこられないようにすれば、貴様は出られるのだな?』

「まぁ、多分……」

『消すより容易いこと。この地域から魔物を退却させてやろう』

「えっ、そんなことできるの? 逆に魔物なのに、いいの?」

『魔王の力で生まれた我に、できぬことはない。魔物の世界は弱肉強食、弱い奴は強者にひれ伏すのみ』


 しれっと強者アピールをしてくるのが、嫌味過ぎる。


『貴様が我に協力する限り、村の安全は保障しよう。ふんっ!』

「そんな気張る感じの声で……うぇ」


 黒い影がほんの僅か、一瞬だけ大きくなった。

 どろどろとした魔力の濃さが、体中にべったりくっつく感じがする。


『——これで、村の地域から魔物はいなくなった』

「そんなのどうやって分かるの?」

『このまま村に向かって進むがいい』


 言われた通りに進んだ。


「……」

『……』


 心なしか、空気が心地いい気がする。

 特別意識したことはないけど、魔物が発する魔力のニオイというか、気配というか、いつもは肌で感じ取ることができるのに、今は清々しい気分。

 さっきまで魔物と遭遇していたはずが、出てこなくなった。


「アンタ、何者?」

『我は魔物の一種。貴様こそ、女神に選ばれし勇者にも引けを取らない剣技、さらに魔法を難なく扱うとは、一体何者か』

「魔導書に書いてある呪文を唱えただけ、特別なことなんかしてない」

『……勇者は可能か?』

「さぁ、カイル兄さんが使ってるところ見たことない」

『ふむ……』


 結局そのあとも魔物と遭遇することなく村に到着した。

 私の隣で、黒いもやもやの影が浮いてるのに、


「おかえり、マリィ、魔物を退治してくれたんだってね。ありがとう」

「さすが勇者の妹、お前がいれば村は安全さ」

「あとで頑張ったご褒美にシチューをご馳走しよう」


 みんな気付いてない。


『我に気付けぬ程度の脆弱なのだ。さて、準備が済んだら出発だ』

「いやいやちょっと待って、村長にちゃんと説明しないと」

『交渉など無駄だろう。弱者は強者に依存するのだ』


 まぁそうなんだけど……。

 とりあえず村長のところに行こう。


「魔物退治終わったよ、報酬ちょうだい」


 家に入ると、威張った次期村長がいない。

 村長がイスに腰かけ本を読んでる。


「あぁマリィ、魔物退治をしてくれたのか、ご苦労だったな」


 テーブルに置いてある袋から硬いパンを取り出したと思ったら、「はい報酬」と軽い感じで渡してきた。


「これだけ? 魔物退治したのに、ゴールドないの?」

「何を言ってる、こんな辺鄙な村でゴールドを使う場所などない。カイルなら喜んで受け取ってくれるというのに、全くお前ときたら」

「命かけてるのに安すぎ! 納得いかない!」


 カイル兄さんがお人好し過ぎる。

 どうりで、カイル兄さんと一緒に魔物退治をしてたのに、全然ゴールドは貯まらない、ご飯もグレードアップしない、変だなと思った。

 良い様に使われてるだけなんて、嫌だ。


『村を消すか?』


 消したいって思っちゃうけど、それはダメ。


「カイルは欲なく、とにかく真っ直ぐで、誰かのために動ける奴だ、だから勇者に選ばれた。強欲でひねくれてるお前には勇者など夢のまた夢。さっさと諦めて畑に精を出せ、結婚して子を産め、マリィそれがお前の役割だ」

「はぁーなにそれ?! 強欲でひねくれてる? ゴールドも美味しいご飯も、普通に欲しいでしょうが! あと勝手に役割決めないでよ!」


 次から次へと嫌味なことばかり言ってくるのがまた腹立つ。


『村を消すか?』


 この魔物は……さっきから同じこと訊くな、消さないっての。


「あーもういい!」


 硬いパンを片手でこれでもかと握りしめると、粉々に崩れてしまう。

 村長に粉を投げつけて、家に戻った――。




 ――真夜中、リュックに物資を詰め込んで、旅立つ準備をする。


『貴様』

「マリィ、私の名前」

『マリィ、英雄に成り上がる準備が整ったのだな』

「具体的にどうするの?」

『別の町に行くのだ。我が魔物を呼び寄せる、町を襲わせる、そこでマリィが登場し、魔物を見事打ち倒す』


 八百長みたいで、いい気分じゃない。


『魔物はマリィのことなど知らぬ。殺すために襲う、油断すれば屠られるだろう。必死になって戦えば、名声を得られる、やがて王国中に名前が広がり、大きな依頼が舞い込むのだ』

「そんなのでほんとに勇者になれるの?」

『勇者を倒す機会を得られる。我は、知識の欲望を満たせる』

「知識の欲望って」

『人間は謎が多い、特にマリィ、貴様は興味深い』


 私からすれば、この影が一番謎だ……——。

 


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