第六話・険悪な邂逅

春日原学園の休校は思っていたよりも一時的かつ短期間のものだった。


生徒の安全の為、1週間ほど続いた休校は速やかに解除された後学園は再開された。

近隣住所の学生達で集まっての登下校は継続となっているが、それも数か月続けば自然となくなる筈だ。


近場で頻発していた連続変死事件は鳴りを潜めて既に1か月が立ち、その手の事件は最近は起こっていない。

少し前までは1、2週間ペースで連続変死事件のニュースが流れていた為、怯える人々も多かったが、現在は人々の雰囲気や恐怖も落ち着きつつある。


人間慣れる生き物だと言うが、いつまでもビクビクしている訳にもいかないのだろう。日々の営みもあるのだから、人間社会なんてきっとそんなものだ。


「…ふぅ」


かく言う俺も休校中でもバイトは続けていた。

店長である藤井さんからは大丈夫だと言われていたが、手が回っていない事を知っている身としては、それで学生バイトが全員休みとなったらいよいよ急を要する事態だろう。

なので、無理言って働かせて貰っていた訳である。


「お疲れ様、香坂くん」


バイトも終わり帰る準備をしつつある俺に、天川さんが声を掛けてきた。


振り返ると、ポニーテールにしていた輪ゴムを外し紺色の髪を靡かせた彼女の姿があった。俺よりも早く帰る準備が出来ていたらしい。


「かえろ?」

「ああ。帰るか」


話し始めるようになってから一緒に帰る事が多くなった。

駅前まで送ってから自宅に帰るのが今のルートだ。

その為、母にお願いしていた送迎も今はもう断っている。

まあ理由を正直に話したら何だか生暖かい眼差しを向けられてしまったけど。


未だシフトが俺と天川さんの二人の日が多い。

最近になって、やっと黒井や他のバイト仲間と重なる日も戻りつつあったが、それでも天川さんと一緒の時の裏方担当は二人っきりの日ばっかりだ。


「ここまで来ると、藤井さんも狙ってやってんじゃないか…?」


横並びなって夜道を歩きつつ、俺は思わず言葉を零していた。


「……なんの、はなし?」

「俺達のシフトだよ。天川さんの入る日は絶対俺と天川さんの二人だけだろ?何かこう、作為的なものを感じてさ」

「………」


元よりバイト先のスーパーは人手不足でカツカツだ。

手慣れた人員で固めてそれをカバーしようとすると、どうしても仕事の専業化が進んでしまい、余所の仕事に回した際の効率の低下が痛いのだ。


手が空いた時があれば、応援は来る。

まあ繁忙期でもない限りは結局自分達で済ませられるから、必要かと言われれば今の所は大丈夫なんだが。


話が逸れたが、俺が心配しているのは天川さんもこうやって特定の異性とばかり組まされて嫌ではないか、と言う事だ。

俺が休みの時は裏方も女性の従業員がいるので、何ならそっちと一緒になるようにして貰ってもいいと思うんだが…。


「……………」

「どうした、急に黙って」


ふと横を見れば、天川さんは少し身体を寄せた後、俺の顔をジッと見つめていた。

何かの拍子に無口になると、こうやって間近で顔を見つめられる事が多い。

最初は少しドギマギしたが、慣れもまたすぐだった。

もっと激しいスキンシップをしてくる奴が身近にいるからだろう。慣れって怖い。


「今のままでいいよ、わたしは」

「…そうか。なら良いんだけど」

「うん」


そう言うと身体はそのまま寄せたまま、天川さんは視線を正面へと戻した。

何となく照れくささを感じてしまい、無言となって帰り道を進む。


この静けさは嫌いじゃない。

高町の様な喧噪を擬人化した様な奴と常に一緒だと、時たまにはクールタイムの様に落ち着ける時間も欲しくなるものだ。

家でもお隣が高町だから、なんやかんやで一緒になることも多いし。


そう考えれば、こうやって必要以上に喋らずに、けれど周りの視線も気にしなくていい今の時間は何よりも得難いものなのかもしれない。

一人で帰ってた時はこんなこと考えることもなかったが、一緒に帰路に就く天川さんが無言の空間であっても居心地の良い相手だからこそ、実感出来ているんだろう。


「香坂くん」


どちらとも話をせずに歩き続けて、横断歩道の前で信号待ちをしていた時に天川さんは話しかけてきた。


「どうした?」

「コンビニ、寄ろう」


そう言って横断歩道を渡った先にあるコンビニを指さしながら言うその姿が、俺には意外だった。


「……そうだな、折角だし何か買ってくか」


丁度良いタイミングで信号が青になる。

俺と天川さんはそのままコンビニへと足を運んだ。


そういえば、彼女が飲食をしている姿を見たことがなかった。

店長である藤井さんやバイト仲間の主婦の方々からの差し入れでクッキー等が出ても、帰り際とかに持って帰る素振りも見せなかった。

小休憩中だってそうだ。水分補給くらいは摂ってもいい筈なのに、何もなければその場で立ち尽くしたまま固まっている。

今最近では俺の休憩に付いて来る様になったが、飲み物を薦めても小さく首を振って断るばかりだった。


つまる所、彼女がコンビニで間食を買う姿が偉く珍しいことに思えたのだ。


「…………」

「…………」


コンビニから出ると、互いに買ったものをレジ袋から出す。


コンビニ店でお馴染みの骨なしチキンだ。

これ一個でそれなりに腹持ちがいい優れ物である。


チキンを包装した紙袋を切れ線に沿って破り、食べれるように半分出す。

天川さんも、物珍し気に眺めていた。


「食べないのか?」

「……うん、食べる」


まるで初めての物に触る様な手付きだった。

少しの間それを興味深そうに眺めていた彼女だったが、意を決した様に齧り付く。


「———これが」

「お気に召したのなら何よりで」


表情は変わらない。

しかし、口にしたチキンに対して何か感極まっていると言うのは何となく察する事が出来た。


「けど、そんなにか?美味しいのは分かるけど」

「………こうやって味わえる事自体が貴重なことだから」

「?…それって」

「……試してみて…よかった。紛い物だとしても、人が好む味を知る事は…とても有意義」


天川さんは、また一口チキンに齧り付くと、少し俯きながら呟いた。

それは一体、どういう意味で言ったのだろうか?


「…天川さん、君は―———」

「香坂ー!!」


俺の疑問を遮る様に聴き慣れた声が耳まで届く。


「こーうーさーかー!やっほー!!」


つい先程渡って来た横断歩道の先で大きく手を振る私服姿の高町の姿が見えた。


「高町か、こんな遅くに一人か?」

「ふふん、友達と遊んでたんだぁ。楽し過ぎて帰るの遅くなっちゃいました!」


そう言って右手に持っていた紙袋を見せてくる。

紙袋にはこの近くにある百貨店のロゴが入っていた。


「新作スイーツ!デパ地下と言えばこれっしょ!」

「相変わらず食い意地張ってんな」

「美味しいと可愛いは正義なのだよ香坂くん?」


にっしっしと変な笑い方をしながら楽し気に話す高町に、思わず苦笑いを浮かべる。

休校中でも互いの家は行き来していたが、家で遊んでる時もほんとんど食べてばっかりだったなぁ…。


「てかてか、香坂? 君ってば確か…今日はバイトだったよね?」

「ああ、その帰り道だよ」

「だよね?実はデートでしたって訳じゃなく?」

「は?デートって」


そんな問いに答えようとした時、不意に左腕を握られる感触があった。


「……………」


隣にいる天川さんが俺の腕をギュッと握ったまま、高町をジッと見つめていた。


「……天川さん?」

「ほほう、ベッタリですなぁ香坂に。まさかあたしを差し置いて別の女を侍らしていたとは…!」

「何でそうなる?」

「あたしと言うフィアンセがいると言うのにっ」

「誰も婚約はしてねえよ」


馬鹿みたいなやり取りを繰り返している間も天川さんは俺から離れず、むしろ腕を掴む力が強まった様な気がした。

面白そうに笑っていた高町も、そんな彼女の様子が目に入ったのか、どこか探りを入れる様な表情で天川さんに顔を近付けた。


「………ふーん。君、初めて見る子だねぇ…」

「………」

「あたし達の学園にはいない子だ」


低い声を出しながらジロジロと天川さんの顔を間近で見つめる高町。

傍目から見れば威圧している様にも見える光景だが、一切の表情も感情も見せない天川さんは、やはり狼狽えた様子もなく高町を見つめ返していた。


……というか。


「初対面で何やってんだ」

「あいたっ!?」


結構な勢いで高町の頭上に拳骨を落とした。


「何すんだよー!もー!」

「お前がメンチ切るからだろうが……天川さんは確か隣の校区にある高校に通ってるとか言ってたっけ」

「………うん」


互いに初めて言葉を交わした時にした自己紹介を思い出しながら確認すると、天川さんは小さく頷いた。

俺も天川さんも聞かれない限り自分のことをそんなに話さないから、あまり気にしてなかったんだよな。


「へー、お隣さんねー……じゃあ気を付けとかないとね?例の連続変死事件の現場に近いっしょ?あそこだったら」

「……………」

「……うーん、返事がない。あたしはどうやら嫌われちゃった様だ」

「無口なだけだよ、と言いたいが…さっきのはお前が無遠慮過ぎだ。反省しろ」

「はーい……」


不貞腐れた様に頬を膨らませながら、何ともいえない気の抜ける返事をする高町。

天川さんに悪いことをした、と言うより俺に怒られた事に対して落ち込んでいる様だった。


こいつもこんな攻撃的だったか?と首を傾げたが、俺も高町の全部を知っている訳ではない。

万が一嫉妬とかの理由だったとしたら…まあ、家に帰ったらフォローでもするか。

間違っても口に出して「嫉妬してんの?」と直球で聞かんがな。自意識過剰とか言われた普通にへこむ。


「じゃあ、あたしは先帰るねぇ。途中まで送ってくんでしょ、その子」

「ああ。駅までな」

「家に着いたら教えてね!お土産のスイーツ一緒に食べたいから」

「こんな夜遅くにスイーツ?」

「そう!寝る時間に食べるスイーツは…背徳的でいいぞぉ…!」

「俺が太りそうだわ…」


うんざりしながら言うと、高町は笑いながら俺の背中を叩きそのまま走っていった。


……いつも通りの高町だ。

元気で溌溂とした、皆を笑顔にする存在。


「……何だったんだか」


それにしたって、天川さんに向けていた感情は―――。


「香坂くん」

「ん?」


腕を握る力が弱まったのを感じ取りながら、話し掛けてくる天川さんの顔を見た。


「アレとは、親しい仲?」


アレとは高町のことなのだろう。随分と棘のある言い方だ。

無表情のイメージが強い彼女にしては、その言葉には感情が乗っている様に思えた。


「まあ、幼馴染……って奴かな?」

「…………」


俺からの答えに思う所があるのだろうか。

天川さんは考える素振りを見せながら黙り込んだ。


何がなにやら、俺には分からないが……少なくとも二人の相性は致命的に悪いって事は理解出来た。

まさか会った瞬間からこうも居心地の悪い空気が作られるとは思いもしなかった。


「香坂くん」

「あ、うん。どうした?」

「次の土日のどちらか、一緒に出掛けよう」

「え?」


先程までの空気感をバッサリと切り捨てた様な突然のお誘いだった。


「一緒に…見て欲しいものがある」

「……それは、遊びの誘いってこと?」

「…………そういうことで大丈夫」


その間は一体何なんだろうか。

流石に彼女の様子を見てたら、これが純粋な遊びの誘いではない事くらいは分かる。


「……まあ、誘ってくれるなら折角だし」

「ありがとう、香坂くん」


高町とのやり取りを見る前ならただの友人からの誘いとして素直に喜んでいたかもしれない。


「で、どこに行くんだ?」

「……外に、いこう」

「外?」

「電車、遠出する」


けど今は、何の根拠もないのだが。


何か決心した様に頷く天川さんの姿を見て何かが起こるかもしれない…そんな曖昧な予感が俺の中で燻っていた。



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