第31話 桂子の実家の話
「家内の実家、奥川家は代々娘が婿を取り、家督を相続してきたそうです。
江戸時代にはもうあの辺りで暮らしていたようですね。」
「男の子が生まれても娘が跡取りするんですか。」
「そうです。娘が生まれない場合は、嫁にやった娘を奥川家に連れ戻し、跡取りにするそうです。」
「そりゃまた。徹底してますね。男の子はどうするんですか。」
「男の子が生まれると分家させるので、遠い親戚は近所に山ほどいるとか。
ですが、身内と呼べるような近い親戚となると。なんと言いますか、
長生きした女性は少ないそうです。」
「長生きしない?」
「ええ。正確に言うと、若い時に神隠しにあうんだとか。」
「神隠しですか。」
「そうです。」
父と八谷が大真面目に話している内容はあまりに突飛で、初めのうち、大地と藤井は目くばせをして笑っていたが、次第に笑えなくなっていった。
「桂子の母親は3姉妹で、名前は上からアサ、トク、ユリ。その中の長女アサと
次女のトク、それから3姉妹の母親のマツとその妹のミツとミツの娘。
桂子が知っているだけでも5人が神隠しに遭っているそうです。」
「俺のばあちゃんがマツさん?」
「違う。大君から見ると、マツさんは曾祖母。ひいばあちゃんだね。で、おばあちゃんは次女のトクさん。」
「そうか。あ、そうだった。今日母さんの従妹だっていう雪絵さんって人と会ったよ。」
「その人はたぶん、3姉妹で唯一生き残った三女ユリさんの娘だね。」
「ゆりさん!!」
「ゆりさんの娘!」
大地と藤井は同時に大声を出し顔を見合わせ、藤井は動画を撮りたかったのか、ポケットに手を突っ込み、八谷にスマホを取り上げられていたことを思い出してこの世の終わりのような顔をしてみせた。
「ゆりさんという方はどのような?」
「家内が家から出る時に手伝ってくれたそうです。」
「母さん言ってた。ゆり叔母さん以外は信用しちゃダメだって。」
「他には?」
「私が家内から聞いているのはそれくらいです。」
「大君は?」
「親戚には危ない人が多いって。」
「桂子さんのあの能力についてはどうです。」
「それついては何も言ってなかったですね。親戚がみんなおかしいんだとは聞いていましたが。」
八谷はしばらく考え込んでいたが、意を決したように話し始めた。
「実はですね。あの呼吸困難の発作。あれが止まっていなくて。」
「1度発作が起きてしまった人はそのまま続いているんでしたね。」
「26日の時点で発作を起こしてた教団幹部たちについて言うとそうなんですが、
あの後わかったことですが、一般信者の方にも出ていたんですよ。」
「増えていたんですか。」
「ええとね。増えたり減ったりというか。一般信者の方に。ですが、一般のと言ってもテレビやネットで顔の知られてる者ばかりです。しかも本名を出してる者限定というか。」
「増えたり減ったり?」
「それなんですよ。1回きりだったり、何日かに1回だったり、人数も1人だったり3人だったり。幹部達の26日までの出方とは明らかに違っているんですよ。変則的というか気まぐれ的というか。」
気まぐれ的と聞くと、大地はなんだか、これは母さんぽいなと思ってしまった。
父親の顔を見ると、心なしか気まずそうな表情にも見えた。
「まあ、俺は今日父さんの顔みて安心したよ。母さんが離婚届の用紙送り付けて来たって言ってたから、父さん、あれ市役所に出しちゃったかと心配してたんだ。」
「あれなら、出したよ。」
「え!嘘だろ?」
「ほんとだよ。」
「なんでそんなことするんだよ!!」
「ママに頼まれたから。」
場が静まり返った時、狙いすましたようにモツ煮や焼き鳥や刺身の盛り合わせが運ばれてきた。
「車で来たから飲まない方がいいですよね。」
藤井にしては少しおずおずと、しかしたった今気が付いたような小芝居を入れながら言葉を続けた。
「あ、大君とお父さんの動画って撮っても大丈夫ですかねえ。」
「顔が映らないようにしてもらえれば。」
「ありがとうございます。」
藤井が八谷の方へ手のひらを上にして見せると、八谷は藤井のスマホを返してくれた。
「ありがとうございます。じゃ、撮ります。大君よろしく。」
「父さん、なんかごめんね。」
「流せる内容か確認したいから配信はまだダメだぞ。」
八谷がそう言った。
そう、やっぱり配信出来ない内容が入ることになった。
父さんは桂子の実家の鍵を出してきたのだ。
「父さん、鍵持ってたの!」
「昨日、ユリさんが速達で送って寄越したんだ。手紙もついてた。
ええとね、『家の鍵を付け替えました。家の名義は桂子の母親のトクと私の共同名義になっています。』だそうです。」
八谷は大喜びで
「おお。それなら、食ったらすぐ家に行って調べちゃおう。」
「そうですね。早い方がいい。何か古い書付とかを見つけ出して、それを見ながら呪いを解く風の動画を配信して、家内と信者さん達に見せて下さい。それに効き目がなかったとしても、息子達は返してもらいますよ。」
「もちろんですよ。きっと大君は一生懸命やってくれると思いますから。」
そうか、当たり前だけど、この2人は仲良くは出来ないよな。大地は今気が付いた。
「食ったら出発だあ。動画も撮るぞ。ね、大君。」
心配事のない藤井のうれし気な顔に殺意が沸いた。
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