第6話 > 客を寄せるパンダ

 笹貫ぱんだのソロライブ、当日。

 この手のイベントはマイランドの特設エリアの一つが使用される。

 マイランドのルールに従い、工作エリアの個室のように、自動でリログされる仕組みだ。


「ノワールに紹介するわねっ。こちらが世界一、いや、宇宙一の人工知能、知恵ちゃん」


 ノワールと知恵ちゃんは初対面となる。

 共通の知人として、ブランがノワールに知恵ちゃんを紹介した。

 アバターの上下の服装を緑色に変えたノワールに対して、知恵ちゃんは「知恵ちゃんは、氷見野雅人博士の作った人工知能。正式名称は、知恵の実。気軽に『知恵ちゃん』と呼ぶといい」と、自己紹介をする。


「チケットは僕とブランのぶんの二枚しかないよ?」


 ノワールは、これから始まるぱんだのライブのことで頭がパンパンになってしまっていた。

 クラスメイトからおすすめされて聞き始めたような『にわかファン』だが、奇跡的に抽選に当たって、この初ライブのチケットを買えている。

 この態度が、ブランには面白くない。


「知恵ちゃんは超優秀な人工知能。


 ライブ会場の周辺では、ぱんだの公開している動画がランダムに再生されている。

 ブランから『歌ってみた』動画を聞かされて、知恵ちゃんはぱんだの歌声を解析し、次のように結論づけた。


「ぱんださんの歌声は加工されている。ご本人の肉声とは、ほど遠い可能性が高い」

「ど、どういうこと?」


 ノワールは動揺して聞き返す。

 ブランは『ボイスチェンジ機能』をオンにして、低い声に変更してから、こう続けた。


「ここに来ているみんなが、笹貫ぱんだを『美少女』と信じているけれども、中身はオジサンかもしれないわよっ!」

「ブラン!」


 慌てて、ブランの口を手でふさぐノワール。

 ぱんだのファンが集まっている場所で、ぱんだの中身に関する話は御法度ごはっとだ。


「気になるくせにっ!」

「しーっ!」


 揃いも揃って緑色の服装に変えているアバターたちの視線が突き刺さる。

 中には、マイランドではめずらしい小人キッズタイプのアバターもいた。

 ノワールはぺこぺこと首だけのお辞儀をしてやりすごす。

 なんとかごまかした。


「知恵ちゃんは、ベリーベリーハイテクノロジーなので、笹貫ぱんだの個人情報を掴んでいる」


 知恵ちゃんは、どうだ、とばかりに胸を張る。

 ぱんだもまた、ブランとノワールたちや一般ユーザーと同じように、腕時計マイランドウォッチを持っているからだ。

 マイランドへの登録情報を盗み見ることなんて、知恵ちゃんには容易い。


「言わなくていいから!」

「本当は?」

「ちょっと気になる!」

「そうよねえ。実は、あたしも教えてもらえていないの」


 口元をおさえられているが、ニヤニヤは隠せていない。

 正体不明のバーチャルシンガー。

 見た目はかわいらしい白黒のパンダで、わずかに開く口からはハスキーボイスが奏でられる。

 声の印象だけならば、美少女を想像するだろう。


「ライブが終わってから、二人にはこっそりと教える」

「い、いや、いいよ」

「気になっているんじゃありませんの?」

「ぱんだちゃんがどんな人だったとしても、初めて『オーバーザレインボー』を聞いたときの感動や、オリジナル曲を再生したときのドキドキが、失われるわけではないよ」

「果たして、どうかなあ?」


 いじわるなブランはさておき、ノワールは手を離して、えりを正して知恵ちゃんに向かい合った。

 ブランとノワールはマイランドの大人アダルトタイプのアバターを使用しているので、現実世界とは背丈が違う。

 知恵ちゃんとノワールとでは、ノワールのアバターのほうが頭一つ分、背が高い。


「ブランから話は聞いているよ。クラフトチャンピオンシップCCSのテーマ部門に提出するアイテムの作成を、手伝ってくれているって」


 ノワールはクラフトのスキルを持っていない。

 適性テストでも、小学校の図画工作の授業でも、芸術的センスが壊滅的と判明している。

 仮にクラフトのスキルを取得したとしても、特級品のSランクのアイテムなんて夢のまた夢で、マイランドのアバターを作ったばかりのユーザーに配られるようなCランクのアイテムが関の山だ。

 だから、ブランの作成しているアイテムの開発段階で口出ししたことはない。

 何も言わないほうがうまくいく。


「知恵ちゃんは、ブランさんから、ノワールさんの自慢話を聞かされている。たとえば、学校の成績はオール5だとか、アタッカーとして戦う姿がカッコイイとか」

「へえ……」


 あずかり知らぬところで褒められていたらしい。

 ノワールは気恥ずかしくなって鼻を掻いた。


「ブランさんとしては、大好きな双子の弟を、ぱんださんに奪われたような気持ち」

「えっ」


 ブランの顔を見る。

 知恵ちゃんの言葉を否定しようとはしていない。

 まっすぐに、ノワールを見つめ返していた。


「おおげさだなあ」


 やれやれ、とノワールは降参のポーズをする。

 CCSの準備期間ということもあり、ブランは工作エリアの個室にこもっていて、ノワールは一人で模擬戦闘エリアに通い、アタッカーのソロの訓練をしていた。

 双子が会話している時間は、以前より短くなっている。

 さらにはノワールがぱんだの歌を聴くようになり、話しかけにくくなってしまった。

 ぱんだの動画のおかげで、ノワールはこれまで話したことのなかったクラスメイトとも交流が生まれたが、見ていないブランは会話に入りづらい。


「僕は、ライブによってブランもぱんだちゃんの歌にハマってくれると信じているよ」

「お手並み拝見っ」

「知恵ちゃんは、今後とも、ブランと仲良くしてあげてね」


 ノワールは握手を求めて右手を差し出した。

 対して、知恵ちゃんはメガネの位置を直してから、左手で握り返す。


「知恵ちゃんは、ノワールさんとも仲良しになりたい」

「……?」


 知恵ちゃんのセリフに違和感を覚えたのではない。

 ノワールは、知恵ちゃんのに気付いた。

 アバターには体温がない。

 ブランの口をふさいだとて、無機質な感触があるだけだった。

 人工知能を始めとした電子生命体にも、基本的には体温が設定されていない。


「知恵ちゃんは、まさひとくんが作った最高傑作だから、ノワールさんの力にもなれる」

「その『まさひとくん』って人を僕は知らないけれども、確かに、知恵ちゃんは他の人工知能とはちょっと違うね」

「もちろん。知恵ちゃんは、マスティフ社が作ったのではない、すばらしい人工知能だから」


「まもなく『笹貫ぱんだファーストライブ~同情するなら笹をくれ~』の開演時間です。チケットをお持ちの方は、エントランスまでお越しください」


 ノワールの『ちょっと違う』が想定とは異なる受け取り方をされてしまった。

 が、エリア内にアナウンスが流れ始めてしまい、訂正している時間はなさそうだ。


「行かなきゃ!」

「知恵ちゃんは、お外でおとなしく待っている」

「そうそう。知恵ちゃんならチケットなしで乱入できるでしょうけれども、絶対に入ってきたらダメっ。ウイルスと勘違いされて、リクリエイターを呼ばれちゃうっ」


 人工知能もウイルスも、電子生命体の枠組みの中にある。

 ブランが知恵ちゃんと初遭遇した際に勘違いしたように、見分けが付かない。


「うんうん。人を困らせるのは、知恵ちゃんの本意ではない」


 アバターたちがぞろぞろとエントランスに吸い込まれていく。

 この流れについていけば、無事に会場入りできそうだ。


「それじゃあ、行ってきまーすっ」

「行ってくるね」

「いってらっしゃい」

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