第1話

 私、日奈ひな 茉莉まつりはひなまつりが大嫌いだ。この日はギリギリに学校へつくようにすると決めている。

 いや、名前を見れば分かるだろう。親がノリでつけた名前に私がどのくらい苦労しているか分かって頂けるだろうか。

 この日はいつにも増していじられるのだ。

 『お雛様』と呼ばれるだけならまだ良い。だけど……


「よう、茉莉」

「……やっほ、航」


 人が考えることとは大体同じなのかもしれない。大里だいり こうは私の隣へと歩を進める。


「ほんとにひどいよな~。俺たちだってこの名前に生まれてきたくて生まれてきたわけじゃないのによ」

「本当にそうだよね~。もう帰りたい……」


 そう、私たちは同じ悩みを持つ同志なのである。

 『お内裏様』と『お雛様』カップル、だなんて言われることもあるけど、実際ただの幼馴染だ。


「まぁ、頑張ろうな」

「そうだね。また生きて会えることを期待してるよ」


 遠くをみつめて微笑む私の前に航がぬっと姿を現す。


「もう来年は学校違うから、こうやって冷やかされるのも最後だろ」

「……あ、そっか」


 私たちは中学三年生。もう少しで卒業である。

 しかも、航は学校からの推薦で私には手の届かないような頭の良い学校に行くので、もう冷やかされるのも最後になる。

 ……冷やかされるのが最後、ってことはもちろん嬉しい。なのに、卒業したくないと思ってしまうのはなんでだろう?


「じゃあな。噂されるのも嫌だろ?」


 ――嫌なのは航の方じゃないの?

 そうやって心の中で問いかける。当たり前のことながら君は答えを返さない。


「……頑張ろうね、航」


 そう言って、握った右手を差し出す。

 航は私が何をしたいのかすぐわかったようで、同じように握った右手を差し出し、こつんと拳を合わせた。


「ほんとに行くぞ! おまえも学校遅れんなよ~」

「大丈夫! ちゃんと計算してきてるから!」


 航は目にもとまらぬ早さで学校の方へと駆けだしていく。

 そんな彼の姿を瞳で追いながら、私は握ったままの右手を優しく撫でる。


 ――それだけで自然と笑みがこぼれてきてしまったのは、きっと気のせい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る