第3話 探知と新年

第3話 探知と新年(1)

「え、今からですか!? ……特に予定はありませんが、急だなと思って驚いただけです。支度してから出るので、少し待っていてください。できるだけ早く行きます!」


 会話が終わると、タチアナは室内に置かれた電話の受話器を下ろした。

 時計を見ると、十三時を過ぎている。


「これから道具の検査をし、さらに原因を追究して、その後の事後処理も考慮すると、今日中に終われるかどうかはわからない……。

でも、あの言い方からして、今日中に終わらせたがっていた。……考えても仕方ない、とりあえず早く局に向かおう」


 ぶつくさ言いながら、おろしていた焦げ茶色の髪をまとめあげ、彼女は職場に向かう準備を始めた。




 道具に魔力を注ぎ込んだ、魔法道具が広く普及している国にて、その道具の様々な面で管理をしている役所があった。 

 それが魔法道具管理局――通称”魔道管局まどかんきょく”であり、その中の道具検査課で、タチアナは働いている。

 道具検査課では、主に市場に出回っている魔法道具に問題が起き、道具を作成した側でも解明できない場合などに、道具を検査する課である。


 今は年末年始の休みで、本来なら局に行く必要などないのだが、緊急に対応をして欲しい案件が入ったと言われたため、休み返上で向かったのである。


 まず、課の執務室に行ったが、誰もいなかった。自分の机の上を見ると、検査室にいるという書き置きがあった。

 それを片手に、タチアナは指定された場所に向かった。



 軽く扉を叩いてから中に入ると、既に二人の男性がおり、彼らは背中を向けて、床にある何かを見ていた。

 一人は三十代後半の眼鏡をかけた黒髪の男性、タチアナにとっては上司にあたる人間ハーマンだ。

 もう一人は二十歳くらいの薄い金髪の男性、今年の春先に異動してきたキムだ。

 二人はタチアナの存在に気づくと、振り返った。


「ハーマンさん、遅くなりました。キム君、早いね」

「いえ、自分もさっき来たところです」

「そうだったの。ではまだ話は聞いていないのね。早速ですが、ハーマンさん、概要を教えてくれますか?」


 先ほどの電話はハーマンからだった。詳しいことは、すべて彼が把握しているはずである。

 ハーマンは頷き、タチアナに近づくよう促す。

 そこに近づくと、鉢に刺さった豪華な造花が視界に入った。


「これは……、新年を迎える時に飾る、新年花しんねんばな?」

「その通りだ」


 近年、魔法道具管理局がある都市では、新年を迎えるに当たって、家や門扉の前に、豪華な花を飾る風習が広まっている。

 生花もあるが、日持ちがしやすい造花の方が割合的に多かった。


 目の前にある造花は、タチアナの腰の高さほどの大きさだ。一般家庭のものよりも大きいため、法人向けだと思われた。


「この新年花は、飾って花を楽しむだけでなく、スイッチを押すことで電灯のように光るものだ。

スイッチを押すのは本来なら新年に入ってからだが、これを購入したある会社が試しに押したところ、しばらくして花が燃え始めたらしい。すぐにスイッチを切って、水をかけたため、大事おおごとにはならなかったが、一歩間違えれば大惨事だっただろう」


 タチアナたちの前にある新年花の上部は濡れており、よく見れば焦げた跡が残っている。


「これを製作した会社側も急ぎ原因を究明しているが、新年になるまで時間がないため、こちらにも依頼が来たわけだ」


 日付が変われば、新しい年。

 それまでに原因をはっきりさせなければ、あちこちで煙があがる可能性がある。

 キムは新年花をじろじろと見ながら、冷たく言い放った。


「ハーマンさん、失礼ですが正直に言いまして、会社側でこの新年花を回収した方が確実に安全ではないですか? 年が明けるまで、時間がありません。

万が一、年が明けて原因がはっきりとわからないまま、また火の手があがって、さらに怪我人でも出たら、会社側の信用は一気に地に落ちます。

――売った数は多いのですか?」

「これを売ったのは二十件くらいだと聞いている。会社側は回収も検討しており、同時並行で事を進めているそうだ」

「回収を検討し、さらに二十件くらいなら、やはり回収した方が早いと思います」


 キムの言っていることは正しい。

 だが、回収したくない会社側の気持ちも分かる。


 新年花を製作した会社の概要が載っている紙を読む。従来は花だけを取り扱っていたが、最近になって新年花にも力を入れ始めている企業だ。

 新年花については、家庭向けの造花が主力商品で、去年から法人向けの造花も売り始めた。

 さらに今年は魔力を込めた造花についても、売り出したらしい。


 もし、回収に乗り出したとしたら、新聞社などが騒ぎ立てるかもしれない。

 そうなったら、今まで売られていた各家庭の花に対しても、あらぬ疑いが向けられ、最悪倒産する可能性もあった。

 ハーマンは腕を組んで、息を吐き出した。


「……キム君、休みの日に呼ばれて、いい気分でないとはわかるが、どう動くかは会社側が判断することだ。こちらが口出しすることではない。我々は依頼された内容を調べよう。

……原因がわかれば、それ相応の対応をするし、時間いっぱい使ってもわからなければ、素早く回収すると言っている。どちらに転んでも人的被害は出ない」


 そこまで言われたキムは、何かを言いたがっていたが、やがて口を閉じた。

 会社側の管理が甘い結果、このような事態になっている。それに対しての処罰等は、後日行われるだろう。


 今、検査課ができることは、次の事故を起こさないよう、魔法道具をよく調べることだ。


 立場上、できること、できないことがある。

 彼は入局してから数年しかたっていない。そこら辺の匙加減がわかるようになるまでは、もう少し経験が必要だろう。

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