第10話
トレード完了から三日後、誠一はオフィスのデスクで新しいプロジェクトのコードを書いていた。変化は劇的だった。以前は理解できなかった複雑なアルゴリズムが、今では驚くほど明快に思えた。コードを見るだけで、その構造と最適化ポイントが直感的に分かるのだ。
「高村さん、このコード、君が書いたの?」
後ろから声をかけてきたのは、AI部門の田中主任だった。
「はい、昨日から取り組んでいたものですが...」
「素晴らしいね。この効率性、どうやって思いついたんだ?我々のチームですら迷走していた問題を、こんなにエレガントに解決するなんて」
誠一は少し戸惑った。解決策はただ自然に浮かんだだけだった。まるで常識のように。
「ありがとうございます。何となく...そうなるべきだと思ったんです」
田中は感心した様子で頷き、「ぜひAIチームの次のミーティングに参加してほしい」と言って去っていった。
誠一は画面に映るコードを見つめた。確かに美しい構造をしている。しかし、どこでこのスキルを習得したのか、その記憶はない。就職氷河期の記憶と一緒に、学生時代のプログラミング勉強の記憶も薄れていたようだ。結果だけが残り、過程は消えていた。
*これが新しい自分なのか。*
その時、黒木が大きな声で部内の全員に向かって宣言した。
「来週からの新プロジェクト、リーダーを高村に任せることにした。AIチームとの協業案件だ。佐々木、お前も加わってくれ」
オフィス中が驚きの空気に包まれた。最も驚いたのは誠一自身だった。黒木は彼に近づき、普段見せない笑顔を浮かべた。
「最近の君の仕事ぶりは目を見張るものがある。もっと早く気づくべきだった。期待しているよ」
黒木が席を離れると、同僚たちが次々と祝福の言葉をかけてきた。山田は目を丸くして「何があったんだ?」と小声で尋ねた。
誠一は笑顔で答えた。「少し自分を変えてみたんだ」
その日の帰り際、佐々木が彼に近づいてきた。
「やったな、高村。君もついに一歩踏み出したんだね」
佐々木の眼差しには、共犯者のような理解があった。
「ああ...君のおかげだよ」
「後悔はしていない?」佐々木は静かに尋ねた。
誠一は少し考えてから答えた。「今のところはね。でも時々、奇妙な感覚がある。何かを失った気がするけど、何なのか思い出せない」
佐々木は共感するように頷いた。「それが代償さ。でも価値はあるだろう?見てごらん、僕たちはついに認められた。氷河期世代の呪いから解放されたんだ」
誠一はまっすぐな姿勢で立っていることに気づいた。かつての前かがみの姿勢はどこかへ消えていた。自信が身体の中心から湧き上がるような感覚だった。
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