第9話

検査室は洗練された医療機器が並ぶ空間だった。誠一は半透明の検査台に横たわり、頭部にニューラルインターフェースを装着された。青白い光が彼の周囲を包む。


「リラックスしてください。痛みはありません」技術者が穏やかに指示した。


機械が静かにハミングを開始すると、誠一の意識が少しずつぼやけていった。やがて彼は奇妙な場所にいることに気付いた。


*ここは...図書館?*


無限に広がるような巨大な図書館だった。棚には無数の本が並び、それぞれが異なる色と大きさを持っている。天井からは柔らかな光が降り注ぎ、床には複雑なパターンが刻まれていた。


「ようこそ、高村様」


白い制服を着た「司書」と思しき人物が現れた。性別を特定できない中性的な容姿で、声も不思議と頭の中に直接響くようだった。


「ここがあなたの記憶の図書館です。青色の本は幼少期、緑は学生時代、赤は職場の記憶、紫は家族との思い出です」


誠一は驚きながらも、自然と理解していた。これが自分の脳内表現なのだと。


「売却を検討されている記憶はこちらです」


司書は緑色の本の棚へと誠一を導いた。「就職活動・氷河期」というラベルの付いた一連の厚い本が並んでいる。誠一がその一冊を手に取ると、鮮明な映像が頭の中に広がった。


*百社目の不採用通知を見つめる自分。雨の中、駅のホームで呆然と立ち尽くす姿。友人たちの就職祝いの席で無理に笑う自分。*


「これらの記憶を手放すことで、AIプログラミングの専門知識を獲得できます。ただし、完全分離は困難です。関連記憶への影響は避けられません」


司書の言葉に、誠一は考え込んだ。「家族との記憶は影響を受けませんか?」


「家族の記憶は別の領域に保存されています。ただし、家族と共有した学生時代のエピソードなどは、部分的に変化する可能性があります」


誠一は紫色の本の棚を見た。そこには美香との出会い、遥香の誕生、浩二の最初の一歩といった大切な記憶が収められているようだった。


「それらは残したいです」


「ご希望は尊重します。では、売却記憶の最終確認をお願いします」


緑色の本の数冊が彼の前に浮かび上がった。誠一は深呼吸し、それらに手を伸ばした。


「これらを...売ります」


司書は静かに頷いた。「プロセスを開始します。記憶の分離と転送には約60分を要します。目を閉じて、深呼吸してください」


図書館の光景が徐々に薄れていき、誠一は再び現実世界の意識を取り戻した。検査台に横たわったまま、彼は奇妙な喪失感と期待感が入り混じる感覚に包まれていた。

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