第9話 遺体の行方

 リオがある仮説に思いを巡らせていたところで、遠くからリオを呼びかける声が響いてきた。

「リオさーん!!」

 その人物は20代の男で、王都に展開した治療施設の統括を行っている本部のスタッフだった。治療施設の運営上の問題や重症患者が発生した場合に備えて、リオと連絡がつくように今日の訪問先を伝えていたので、それを頼りにここまで来たのだろう。

「どうしたの?」

 リオは何か問題が発生したことを察し、短くそう問うた。

「自宅で療養していたある高齢患者が急変したらしいんですが、かなり重篤らしいんです!! それでリオさんに直接診てもらえないかと連絡がきてるんです」

「わかった!! すぐ行く!! 場所は!?」

 リオはその重症患者の住所を聞き、その場所に急行した。その患者はシャマル・ルクレークという名の商人で、自宅は平民区の住宅街の一角にあった。到着するやいなや、リオはすぐに扉を叩いて呼びかけた。

「白魔術師のリオ・クラテスです!! 重症の患者がいると聞いて参りました!!」

 リオの呼びかけに応え、中から初老の女性が現れる。

「ああ、ありがとうございます!! どうぞ中へ」

 女性は急いでリオたちを家の中に招き入れ、患者の寝ている寝室へ案内した。寝室のベッドには女性と同年代と思しき男性が横たわり、ぜえぜえと息をついていた。

「私の夫のシャマルです!! どうか助けて下さい!!」

 そう言ってルクレール夫人はリオにすがりついた。リオはシャマルの様子を見て愕然とした。

 呼吸がかなり速い。これは危険だ。

 リオはすぐにライナに指示を出す。

「ライナ、点滴の準備を!!」

「はいよ」

 怠け者のライナも状況を察し、素早い動きで荷物から器材を取り出し準備していく。リオはベッドサイドにひざまずき、シャマルの耳元で呼びかけた。

「シャマルさん!! 私は白魔術師のリオ・クラテスと申します!! シャマルさんの症状が重いと聞いて伺いました!! 急を要する状況ですので、すぐに診察と処置を始めさせて頂きます!!」

 リオは自分の鞄から聴診器を取り出し、胸部の聴診を始めた。聴診器を通して、リオの耳にブツブツという断続的は音が響いてくる。

 両肺に水泡音。心不全を合併している。

 次に聴診器を左胸下部にあて心音を確認する。

 心音は早いけど、心雑音はほとんどない。

 次に唇、手足の指の先の色を確認する。いずれも紫色に変わってきていた。

 チアノーゼまで出てきてる……これ、もしかして、ARDS!?

 ARDSとは、急性呼吸窮迫症候群 Acute Respiratory Distress Syndromeの略称であり、肺炎や敗血症、外傷などの様々な疾患が原因となり重度の呼吸不全をきたす病態の総称である。原因疾患によって炎症性細胞が活性化し、肺の組織が傷害をされ、傷害された肺組織では水分の透過性が亢進し、肺全体に水がたまり肺水腫となる。リオの前世の世界でも根本治療法は未だになく、死亡率は30〜58%と高く、極めて予後が悪い疾患である。医学が発達した世界においてもその死亡率であり、この世界での生存は絶望的と言ってもよかった。

 どうする? もし、本当にARDSだったら、この世界では全く太刀打ちできない……

 リオは愕然としながらも絶望の一歩手前で心を押し留め、ある決心をする。

「ライナ、伯爵のところに行って挿管のセットとエーテルを取ってきて!!」

「え、アレをやるんスか!?」

「それしか方法はないの!! いいから行ってきて!!」

「りょ、了解っス」

 切羽詰まったリオの声にたじろぎながらもライナは了承し、部屋を出ていった。ライナを行かせたあと、リオはルクレール夫人に話しかけた。

「すみません、ちょっとお話を……」

 リオはルクレール夫人を連れていったん寝室の外に出た。これから話す内容をシャマル本人の耳に入れないためだ。そして、絶望的な状況であることを夫人に伝える。

「非常に危険な状態です。正直助からない可能性のほうが高いです」

 リオの言葉に夫人は愕然とした。

「そんな!?」

「助かる方法があるとすれば一つだけ。気管挿管と人工呼吸という処置を行い、病気が落ち着くまで呼吸をサポートすることです」

 そう、ARDSの治療は人工呼吸器を使って呼吸をサポートし、肺の炎症が沈静化するまでただひたすら耐え凌ぐしかないのだった。

「それを行ったとしても助かる可能性は五分五分ですけど……それで、その具体的な方法ですが……」

 リオは夫人に気管挿管と人工呼吸の詳細を説明した。専用のチューブを口から肺に通すこと、そのチューブを通して外から空気を送り込むこと、苦痛を伴う処置なので鎮静薬を使って眠った状態にすること。説明を聞き終わった夫人は震えながら尋ねた。

「助かるにはその方法しかないのですね?」

「ええ、そうです」

 夫人の問いにリオは静かにそう答えた。夫人は震えながらしばらく考え込んでいたが、意を決して声を絞り出した。

「わかりました。やって下さい」

 夫人の答えにリオは内心に若干の不安を覚えながら問い返す。

「本当によろしいですか? 今回の伝染病では……いえ、この世界で、まだ誰も受けていない治療です」

 リオはヘルメス伯爵の協力によって気管挿管のチューブや吸入麻酔薬を開発し実用可能な段階に達していた。だが、人体を模した人形でのシミュレーションは何度も行っているものの、実際の患者に行うのはこれが始めてだった。

「あなたのお噂はよーく聞いております。あなたは頼りない魔術省にかわり、王都を救って下さった。今回の伝染病に関して、あなた以上に頼れる方などおりません。ですから、やって下さい!!」

 夫人の体からはいつの間にか震えが消えており、力強い口調でそう言った。リオは、夫人が今日初めて会った自分を信頼してくれたことに心から感謝し、今自分が持てるものを全て出し切ろうと改て決意した。

「わかりました。では、これから御本人にも説明し同意を頂いて上で、処置を行います」

 リオは寝室の扉を開いて再び中に入った。そして、ベッドサイドに駆け寄り、跪いてシャマルに語りかける。

「シャマルさん。喋るのも苦しいと思いますので、私の話だけ聞いて下さい」

 リオは気管挿管と鎮静についてごくごく簡単に説明した。

「助かるには、この方法しかありません。苦しくないようにする薬も使います。この治療を行わせて頂いたてもよろしいですか? もしよろしければ私の手を握って下さい」

 リオはそう言って、シャマルの手を握った。シャマルはリオの手を強く握り返した。

 強い人だ。とても苦しいだろうに、それでも必死に生きようとしている。

 シャマルと握りあった手の上に反対の手をそっと添えた。

「今、私の従者が必要な薬と器材をとりに行っています。だから、もうしばらくの間頑張って下さい!!」

 ヘルメス伯爵の滞在先は幸いにもルクレール家からそれほど遠くなく、ライナが馬を全力で飛ばして30分ほどで器材を取って戻ってきた。器材が届くまでの間に、シャマルの手にリオが点滴を入れていた。ベッドをシャマルの体ごと動かして、頭側に狭いながらスペースを作り、リオはそこに入りこんだ。ベッドサイドには使う器材が広げられている。喉頭鏡、気管挿管チューブ、バックバルブマスク、注射器……リオの前世の世界の物には及ばないが、機能的にはかなり近いものになっていた。いずれも、ヘルメス伯爵をはじめこの世界で運良く巡り合った職人や技術者たちの協力の賜物であった。全ての準備が整い、リオはベッドサイドに立っているライナと視線を合わせた。

「いくわよ」

「うす」

 気管挿管を行うにあたって、患者の苦痛を少しでも軽減するよう鎮静を行う必要がある。リオはこの世界での鎮静にエーテルという揮発性の液体を採用していた。

 エーテル。リオの前世の世界でも全身麻酔の黎明期に使用されていた薬剤で、1846年にアメリカで初めて使用された。黎明期の麻酔学を支えた薬剤ではあるが、引火性があるためリオの時代にはもう使われていなかった。しかしながら、硫酸とエチルアルコールから生成できることから、この世界でも比較的に容易に作り出すことができたため、リオはこのエーテルを採用したのだった。リオの用意したエーテルは細口のガラス瓶に入っており、その細口に太めのチューブが繋がっていた。

 チューブの出口はマスク状になっており、リオはそのマスクをシャマルの口に当て、気化したエーテルを少しずつ吸わせていった。数分後、リオは指でシャマルの睫毛に触れた。覚醒状態であれば、睫毛反射という瞼が動く反応があるが、鎮静下ではこの睫毛反射が消失する。リオが指で触ってもシャマルの瞼は動かなかった。

 睫毛反射が消えてる。鎮静は十分にかかってる。

 リオは枕脇に置いていた喉頭鏡を手にとり、先端をシャマルの口腔内に挿入し中を観察する。

 元の世界では何十回も挿管した。この世界来てからも人形を使って何百回と練習してきた。絶対に失敗しない。

 そう念じながら喉頭鏡の先端を微調整し、喉の奥まで視野を確保する。

「声帯確認。挿管チューブ」

 リオは前世でそうしていたように、落ち着いた声を発する。何百回と一緒に練習してきたライナが阿吽の呼吸で挿管チューブをリオの右手に渡す。リオはするするとチューブを喉の奥に進めいていく。

「声帯通過。スタイレット抜去」

 リオの指示でライナが挿管チューブの中に入っていた金属製の芯を取り除く。

「カフ注入」

 挿管チューブの脇にはさらに細いチューブがつながっており、挿管チューブの先端の風船に繋がっている。この細いチューブに注射器で空気を通すことで、風船が膨らみ挿管チューブが気管内に固定されるのだ。

「バックバルブマスクをつないで送気」

 バックバルブマスクとは要は肺に空気を送り込む袋である。袋の出入り口にはバルブ(弁)が付いており、空気が上手く入れ替わるようにできている。ライナがバックバルブマスクを挿管チューブにつないで軽く力を入れて袋を潰すと、空気が肺に送り込まれ、シャマルの両胸が上がった。ライナが送気を繰り返している間に、リオは聴診器を耳に入れ胸部の聴診を行う。

「胃泡音なし、前胸部左右差なし、側胸部左右差なし」

 挿管チューブが目的の気管に入っていることを確認したあと、革製の固定具でチューブを固定した。この世界初の気管挿管の成功であったが、リオには喜ぶ間はなかった。

 問題はここからだ。

「送気代わるわ、ライナ」

 リオにそう言われてライナは送気バッグをリオに渡した。リオの前世の世界であればここからあとは人工呼吸器につなぐところだが、リオはさすがに人工呼吸器までは作れていなかった。つまり手動で空気を送り続けなければならないのだ。だが、最大の問題はそこではなかった。

 あと、酸素さえあれば。

 元の世界の病院では、酸素配管をから大量の酸素を使うことができ、それを挿管チューブを通して肺に送り込むことができた。だが、この世界では酸素配管など夢のまた夢だった。二酸化マンガンと過酸化水素水から酸素を作り出すところまでは成功していたが少量に過ぎない。人間が1分間に呼吸する空気量は30リットルと言われている。通常の環境で吸う空気中の酸素濃度は21%だが、気管挿管-人工呼吸器を要するほどの重症呼吸不全の患者では100%を要することも少なくない。酸素濃度100%で人工呼吸を行うということは最低でも1分間30リットルの酸素を要し、それが何時間、何日ともなればとんでもない量であり、実験室レベルではとても追いつかず、工場を作って工業的に生成しなければならない。またそんな量の酸素を保存・輸送する技術もこの世界のこの時代では非現実的だった。挿管後、送気バッグでずっと換気を続けてはいるが、シャマルの唇や指先は紫色のままだった。この所見はチアノーゼといって低酸素血症の兆候である。つまり、シャマルの体は低酸素状態から未だ脱していないのだ。

 酸素が使えない以上、換気を繰り返して常に新鮮な空気を送り込むしかない。ARDSの治療セオリーからは外れるけど、過換気にするしかない。人工呼吸器もないからPEEP(呼気終末陽圧)も使えないけど、脱気をゆっくりにして少しでも圧をかけて……

 リオは必死に思考をめぐらし、今あるものでなんとかシャマルの体に酸素を送り込もうととしている。そんなリオにライナは静かに問いかけた。

「ここからあと、どうするんですか?」

 単なる質問だった。今まで挿管の練習はしてきたが実践は初めてなので、ここからどういう風に事が進んでいくのかライナにはわからなかったのだ。だが、「これからどうするのか?」という言葉はリオの心に重くのしかかった。

 どうしたらいいのか……私にもわからない……

 医療技術が発達した元の世界でも戦いかねていた難病に、十分な武器も持たされずに挑まなければならないのだ。リオは祈った。この世界に来て初めて神に祈った。いや、もしかすると前世の31年間を含めても、合理主義のリオが神に祈ったのは今が初めてかもれない。

 医の神アポロンでも、アスクレピオスでも、誰でもいい!! なんだったらこの世界の神様でもかまわない!! この人を……私の患者を助けて……


 治療は夜を徹して続けられた。そして、夜が明けた。窓から差し込んでくる朝の光が、リオの顔を照らす。だが、光とは裏腹に、リオの表情は夜のように暗いままだった。ベッドに横たわるシャマルの顔からは生気が完全になくなっていた。リオはシャマルの首に指先を当て、脈を確認する。ほんの数秒のはずだが、気が遠くなりそうなほど長く感じられる時が過ぎたあと、リオはその言葉を口にした。

「たった今、脈拍が停止しました」

 その言葉を聞き、傍らに立っていたルクレール夫人は乾いた声で尋ねる。

「それは……つまり……」

 そう問いながらも、リオの言った言葉が何を意味するのか薄々解っているような、落ち着いた声だった。そんな夫人に、リオは静かに告げた。

「シャマルさんは……亡くなられました」


「本当にありがとうございました」

 ルクレール夫人は、リオとライナを玄関まで送り、そこで深々と頭を下げた。

「力及ばず、申し訳ありません」

 リオは頭を下げ返し、力なく声を絞り出した。リオが王都に来て、伝染病対策に乗り出してから昨日に至るまで、リオが広めた治療を受けて助からなかったは患者は、奇跡的にもゼロだった。だが、その奇跡は残念ながら続かなかった。シャマル・ルクレールが、リオがこの王都で助けられなかった最初の人になってしまったのだ。こんな中世ヨーロッパのような世界で、伝染病から人々を完全に守り切るなど、そもそも不可能に近いことであり、亡くなる人がでてくるのも致し方のないことである。だが、それでも、リオは自分の無力が悔やまれた。リオの声に、そんな無念の思いが滲んでしまったのか、ルクレール夫人は気丈に振る舞う。

「いいえ、元より何百もの命を奪ってきた伝染病です。負け戦でも、撤退せずに最後まで戦い抜いた。病気相手とはいえ、とてもあの人らしい最期です」

「とても、勇猛な方だったのですね」

「ええ、非正規兵ながら、一年前の戦争でもいくつもの武功をあげましたのよ」

 ルクレール夫人のその言葉に、リオの表情が変わる。

 一年前の、戦争?

「どうかされましたか?」

「いえ、なんでもありません!!」

 リオは両手をぶんぶんと振って、誤魔化した。

「私達はまた元の業務に戻らねばなりませんので、これにて失礼致します!!」

 ペコリと頭を下げたあと、ライナの腕を掴んで大急ぎその場を後にする。

「これからも頑張って下さいませ」

 慌てて立ち去る二人を、ルクレール夫人は朗らかに手を振って見送った。

 しばらく進んだところで、リオは急に角を曲がり、ライナを路地裏に押し込んだ。

「わ、わ、なんスか、お嬢!?」

「しーっ!!」

 リオは騒ぐライナの口を塞ぎ黙らせる。

「一年前の戦争……」

 リオは鞄の中から、“消える死体”のリストを取り出す。

「今までの遺体消失者は、全員一年前の戦争に従軍してるのよ!!」

「あ、そういえば……」

 そこでライナは、リオが何を言わんとしているのか察し、青ざめる。

「って、ちょっと待って下さい、それじゃあシャマルさんの遺体も……」

 リオは乾いた喉にごくりと唾を飲み込んだあと、呟いた。

「消えるかもしれない……」

「こうしちゃいられないじゃないですか!? すぐに戻りましょう!!」

 ライナは大慌てでルクレール邸に戻ろうとするが、リオが首根っこを掴んで止める。

「って、何するんすか!?」

「遺体が消失しないか監視する。だけど、それは外から監視する」

 リオは路地裏に身を潜めたまま、そっとルクレール亭を覗き見る。

「外から?」

「そう。それも誰にも気付かれないように。シャマルさんの家族にもね」

 確信があるわけではない。むしろ、「まさか、そんなはずはない」と思っている。だが、ルクレール邸を見つめるリオの目は、何かを強く疑っていた。


 ルクレール邸を監視するにあたり、少し離れた民家の住人に、国王からの特命を受けていると言って協力をとりつけ、二階の角部屋を接収した。窓からうまい具合にルクレール邸の裏口が見える。正面入り口の方については、王直属の兵士に協力を要請し、同じように監視してもらっている。

「これで本当にいいんスかー? ここからじゃ肝心の遺体は見えないじゃないっスか? こうしてる間にも遺体が消えちゃってるかもしれないっスよ」

 灯りも点けず、暗い部屋の中で頭から布をかぶって外からわからないようにして、窓の端からルクレール亭の裏口を見つめながら、ライナがぼやいた。その横では毛布に包まって、壁に背を預けた状態でリオがうつらうつらしていた。日没からすでに数時間経過し、この世界では深夜といっていい時刻だった。昨晩はシャマルの治療でほとんど徹夜しており、そして、今日はそのままここで張り込みに突入している。リオは体力的に限界だったが、さすがライナは戦場を経験している元兵士だけあってまだ余力があった。

「いいから。私の推測が外れてればそれはそれで良し。もし、私が思ってる通りだったら……」

 眠気を噛み殺しながらライナのぼやきに答えるが、脳裏に浮かぶ嫌な予測に皮肉にも目が覚めてくる。

「かなり胸糞の悪い話になる」

 そう言いながら、立ち上がって体を伸ばす。いっそ一度仮眠をとったほうが楽なのだが、真相がはっきりする前に寝てしまったら嫌な夢を見そうだった。

 いや、もし私が思ってる通りだったら、それこそ寝覚めが悪いか。

「胸糞の悪い話って……あ……」

「どうしたの?」

「当たりかもしれないっス。お嬢の胸糞の悪い話」

 ライナの物言いから何か動きがあったと察し、窓の端からルクレール邸の裏口を覗き見る。夜の闇に紛れるように、黒い外套に身を包んだ四人の男たちがそこにいた。時刻はもう深夜で通りに人はいないが、周囲に人目がないことを入念に確認してから、一人ずつルクレール邸の中に入っていく。

「ビンゴ」

「どうします? 行って取っ捕まえますか?」

「いえ、全貌が全て垣間見えるまで泳がせましょう」

 二人は間借りしていた家を出て、路地裏から再びルクレール邸の裏口を監視する。

 数分後、四人の男たちが出てきた。うち二人は人一人が入りそうな長方形の箱を、前後に分かれて担いでいた。その様を見て、リオとライナは小声で言葉を交わす。

「あの箱って」

「ええ、棺ね」

「じゃあ、中身はやっぱり」

「たぶん、シャマルさんの遺体よ」

 目の前で起こっていることに戦慄し、二人の背中には夜の空気よりも冷たい何かが張り付いていた。一方、男たちはきょろきょろと周囲を確認しながら、棺を運んでいく。

「追いかけましょう」

 リオとライナは男たちのあとを追った。夜の闇の中で、棺を運ぶ男たちの後ろ姿は、まるで死者を連れ去る死神のようであった。男たちに気づかれないよう、夜目が効くギリギリの距離でそろりそろりと追いかける。幸い今夜は月が出ているので、ある程度距離をとっても見失うことはなかった。追跡を続けているうちに、ライナがふとあることを思い出し、小声でリオに尋ねる。

「あれ、そういえば、シャマルさんのご家族は大丈夫なんスかねー?」

 今更な問いにリオはがくっと身を崩す。

「今頃〜?」

「いや、アイツらがあんまりあっさり出てきたもんだから、そこのところ全く考えなかったんスよ。でも、いくら深夜とはいえ、あの人数で遺体を運び出したりしてたら、流石に誰か気付きそうなもんですけど」

 ライナの疑問は尤もだったが、その疑問を説明しうる仮説をリオは容易にひねり出す。

「たとえば、アイツらの中に魔術師がいて、催眠の魔術を使ったっていう線もありうる」

「あー、なるほど」

 この世界の白魔術には、不眠症に対する治療として催眠効果を発揮するものが存在する。使い手はかなり上級の白魔術師に限られるが、そういった催眠魔術を用いれば、シャマル邸の住民を眠らせて、遺体を盗み出すことも可能ではある。だが……

「けど、真相はたぶん違うわ」

「じゃあ、一体どういうことなんスか?」

「おそらく、シャマルさんの奥さんがアイツらを手引したのよ」

「えーっ……むぐっ!!」

 驚愕の声を上げるライナの口をリオが慌てて塞ぐ。

「馬鹿、アイツらが私達に気付いたらどうするの!?」

「だって、あの人の良さそうな奥さんが……」

「あの奥さんだけじゃないわ。私達が昨日まで会ってきた“消える死体”の遺族たち、全員グルよ」

「えーっ……むぐっ!!」

 またも驚愕の声を上げるライナの口を、またもリオが慌てて塞ぐ。

「学習能力がないの、あんたは!?」

「いや、だって、全員グルって」

「最初からところどころ気にはなっていたのよ」

 リオは“消える死体”現象のおかしい点を上げた。

 1.どんな未知の病気であっても遺体が跡形もなく消えるなど医学的にありえない。

 2.まして今回の伝染病はすでにインフルエンザと判明している。インフルエンザが遺体を消し去ってしまうなどありえない。

 3.遺体が消える瞬間の目撃証言がバラバラで一貫性がない。

 4.目撃証言の中で、消える瞬間を見ていないというのが最も多いが、“遺体玩弄”という重大な禁忌があるため、遺体を傷つけたり、遺体を紛失することはこの国では罪に問われる可能性がある。にもかかわらず、亡くなって間もない遺体から目を離したケースがこんなにも多いのは不自然。

 5.遺族の目撃証言だけで、遺体が消えたという多角的な証拠が何一つない。

「まあ、ざっとこんなところかしら」

 リオの説明にライナは「なるほど」と納得する。

「でも、あの家族たちはいったい何の目的でアイツらに協力してるんスか? 大事な家族の遺体を渡しちゃうなんて」

「いくらかの報酬をもらっているのか、あるいは何か脅迫されているのか」

「だとして、そこまでして死体を集めてるアイツらの目的はいったい何なんスか?」

「今はまだわからない。とにかく、アイツらの後を追って尻尾を掴むしかないわ」

 あふれてくる疑問の数々を頭の奥に押し込め、二人は追跡を続けた。シャマルの遺体を運ぶ男たちは王都の外周に向かっていた。男たちを追跡しながら、リオは思った。

 もしかして、遺体を王都の外に運び出すつもり? いや、でも、そんなことできる?

 王都は高い外壁に囲まれていて、出入りするには東西南北4カ所の関所を通るしかない。関所は常に衛兵が守りについており、まして夜間は原則通行禁止だ。“遺体玩弄”の禁忌があるこの国で、夜中に遺体の入った棺を運ぶなど、怪しすぎて関所を通れるわけがない。

 どこかに抜け道を用意している? いや、警備の厳重な王都の外壁付近では、それもそれで難しい。いったい、どうする気なの?

 リオの疑問に対して、思いがけない答えが突きつけられる。

 場所はすでに王都北部の関所付近に差し掛かっていたが、男たちは何の躊躇いもなく関所に向かう。

「嘘でしょ」

 あろうことこか、男たちは関所の衛兵と二言三言話したあと、あっさり関所を通されてしまった。

「アイツら、関所の衛兵を抱き込んでるってこと?」

「どうします? あの衛兵たちがヤツらの味方だとしたら、俺らはあそこを通れないっスよ」

 思いがけない状況にしばし呆然としたあと、リオは背負っていたリュックを下ろしてため息をついた。

「まさか、本当に使うことになるとは……」

 リュックの中から取り出されたのは鈎縄だった。この王都の外壁を登るのに丁度よい大きさの鈎、ちょうどよい長さの縄だった。こういう事態も想定し、昼間のうちに用意しておいたのであった。

「じゃあ、宜しく!!」

 リオは鈎縄をライナに渡し、バンバンと背中を叩いた。

「へ?」

「私よりライナのほうが確実に届くでしょ」

 ライナはため息をついたあと、関所から目が届かないくらい離れた壁際に移動し、慣れた手つきで鈎縄をぶんぶんと振り回して勢いをつけ、外壁のてっぺんめがけて投擲する。先端の鈎は外壁を越えて向こう側まで飛んでいく。そこからするすると縄を引っ張り、あるところでどこかしらに引っかかった手応えがあり、縄は固定された。

「さっすがー」

 リオは音が出ないように形だけ拍手の動作をする。

「じゃあ、お先にどうぞ」

 ライナはリオに縄を差し出した。

「へ?」

「お嬢の方が小柄で登りやすいでしょ」

「あんた、女の私に先に危ない橋を渡らせる気!?」

「女だからですよ。もし、何かの拍子に落ちたときに、俺が下にいれば受け止めれます。逆に向こう側へ降りるときは俺が先に降りますよ」

 意外にもリオの安全をちゃんと考えていたライナにぐうの音も出ず、リオはいそいそと縄を登った。リオとライナが壁の外側へ降り立った頃には、男たちはすでにかなり進んでいたが、幸い王都の北部は見通しのよい平原で、月明かりも手伝ってなんとか見失わず追いかけることができた。

「アイツら、いったいどこまで行くのかしら」

「前もですけど、後ろも気になりますね」

 意味のわからないライナの言葉に、リオは怪訝な顔する。

「後ろ?」

 リオの問いに、ライナはぽつりとこう言った。

「俺たちも、つけられてますよ」

「えーっ……むぐっ!!」

 驚愕の声を上げるリオの口をライナが慌てて塞いだ。

「気付かれますよ。俺にはあれだけ偉そうに言ってたのに、全く……」

「ごめん、だけど、どういうことよ。それ?」

「俺らがアイツらをつけ始めてしばらくしてから、後ろから俺たちをつけてる奴らがいるんですよ」

 月夜の平原とはいえ、薄暗く決して視界がいいわけではない。前方の何かを追いかけるならともかく、後方から何かが追いかけてきているなど気づけようはずもない。リオは試しに後ろを振り返ってみると、遥か彼方に数人の人影らしきものが、見える……ような、見えないようなような……

 これに気づいてたってこと!?

 ライナの恐るべき索敵能力に驚愕しながらも、リオは「まあ、ライナだし、そんなこともあるか」と納得してしまった。ライナは元兵士だ。だが、ただの兵士にしては、ライナのこういった軍事関連のスペックはあまりに高かった。特殊部隊のようなところか、もしかすると諜報部隊や暗殺部隊みたいところにいたのではないかとリオは推測しているが、どれだけ聞き出そうとしてもライナが口を割らないので、ライナの軍隊時代のことは実は謎に包まれている。

 それはともかく……

「なんでそれを早く言わないのよ!?」

「いや、てっきりお嬢も気付いてるのかと」

「わかるわけないでしょ!!」

 能力が高いくせに、どこかが必ず抜けている。ライナ・ストランドとはそういう男なのであった。

「それにしても、前の奴らの正体も気になるけど、後ろのほうも後ろのほうでいったい何者なのかしら?」

「前の奴らとグルなんスかね?」

「その可能性もなくはないけど、たぶん違うわね。前の奴らの当座の目的はシャマルさんの遺体を何処かへ確実に運ぶこと。後ろの奴らが前の奴らの味方だとしたら、邪魔な私たちを後ろから襲って排除しようとするはず。私たちを泳がせているということは、後ろの目的はむしろ私たちと同じで、“消える死体”の真相を掴もうとしているんじゃないからしら?」

 リオの推理にライナは「なるほど」と納得する。

「とりあえず、後ろについては泳がせておく……というか、泳がされておくでいいですか?」

「今はそうせざる得ないわよ。私たちの目的はあくまで“消える死体”の行方。前のアイツらを追いかけるのが最優先よ」

 二人は追跡を続けた。やがて見晴らしのいい平原を抜け、シャマルの遺体を運ぶ男たちは森の中に入った。平原と違って森の中は視界が悪く、見失う可能性が高くなる。二人は慌てて距離を詰める。距離を詰めれば、今度は向こうに気づかれるリスクが高くなるため、どちらにしても追跡が困難になると二人は気が重くなったが、幸い森に入って程なくして、古びた館が現れ、男たちはその館の入っていった。

「あそこが奴らの根城ってわけね」

 木陰に身を潜めながら、館を観察する。木造のかなり大きい建物だった。平民の家には思えないが、かといって貴族の屋敷というには貧相だった。王都の近くであり、考えられるとすれば王都防衛の拠点の一つか、行政の出張所のようなものが考えられたが、かなり老朽化しているようなので、遥か以前に放棄されたのものであろう。

「どうします? 場所はわかったことだし、いったん引き上げて、王都の衛兵を援軍に呼んで包囲網を構築してから踏み込むの定石だと思いますけど」

「ライナ、十数人くらいだった相手できる?」

 ライナの提案にリオは不穏な言葉を返し、ライナは「へ?」と間抜けな声を上げた。

「あの大きさの建物だから、アイツらの味方が潜んでいるとしても多くて十数人だと思うの」

 リオが何を考えているのか理解し、ライナは愕然とした。

「俺らだけで踏み込むんスか!?」

「大丈夫。私のめまい誘発の魔術を使えば、私も数人は行動不能にできると思う」

 リオは自信ありげにぐっと握り込んだ拳を前に突き出す。

「いや、危険ですよ!! 敵の正体も戦力もわからないのに!! 援軍を連れてくるべきです!!」

 ライナが必死に止めようとするが、リオは折れない。

「その間に後ろの奴らがどういう動きをするかわからない。後ろの奴らの目的がそもそもわからないけど、例えば大事な証拠を持ち去られたり、なんらかの口封じで中の奴らを皆殺しにされる可能性もあるのよ」

 結局、折れたのはライナの方だった。

「はぁ、わかりましたよ。ただし、お嬢の身が危うくなりそうだったら、すぐに撤退します。それでいいですか?」

「うん、ありがとう」

 突入の方針が決まり、二人は足音を抑えて、そろりそりと建物の入口に近づいていった。

 窓はいくつかあるが、中から光は洩れていない。おそらく、自分たちの秘密の活動が外に知られないよう細心の注意を払っているのだろう。ライナがそーっと窓から中を覗き込んだが、窓から見える範囲は通路で、中で何が行われているのか窺い知れなかった。建物の周りを一周して、正面入口とは別に裏口らしきところを見つけた。だが、正面入口も裏口も、当然ながらどちらも鍵がかかっていたので、二人は窓の一つを壊して侵入することにした。ライナが硝子を割って手を中に差し入れ、留め具を外して窓を開ける。硝子を割ったときに多少音が響いたが、中で人がやってくる気配なかった。

「じゃあ、行きますよ」

 まずライナが中に侵入し、安全を確認したあと、リオを招き入れる。窓に沿った通路にはやはり人影はなく、手近にあった部屋の一つに入ってみる。室内に人の気配がないことを確認した上で手持ちの蝋燭に火を付ける。中には執務机や椅子があり、ボロボロの本や書類がいくつか打ち捨てられていることから、やはりこの建物は放棄された役所のようであった。だが、この部屋に人が出入りした新しい痕跡はなかった。通路を回って、いくつかの部屋を見て回ったが、どの部屋も同様に人の気配はなかった。

「どこにもいない」

「くそ、ここは中継地点で裏口からまたさらにどこかに移動したのかも」

 ライナが焦って裏口の方に向かおうをするが、リオは「ちょっと待って」と呼び止める。建物内に侵入してから、ずっと古い木造のカビ臭い匂いを感じていたが、今、ふと違う匂いが混じっていることに気付いた。それはつんと鼻を刺すような刺激臭だった。

 この匂い、もしかして……

 リオはぽつりとその名を呟いた。

「ホルムアルデヒド」

「なんすかそれ?」

「防腐剤よ」

「防腐剤?」

 リオはきょろきょろと周りを見回しながら説明する。

「亡くなった遺体をできるだけ速やかに火葬するこの世界じゃ、あんまりピンとこないかもしれないけど、人間の体は時間が立つほどどんどん腐敗してくるのよ。私の前世の世界では、人体を長期に保存するときにはかならず防腐剤を使っていた」

 そこまでの説明を聞いて、ライナはリオの言わんとしていることを理解した。

「そ、それじゃあ……」

「遺体はやはりここに運び込まれて、保管されている」

 リオの言葉にライナはぞっとして身震いした。リオは嗅覚に意識を集中する。どらちに向けば匂いをより強く感じるか。リオは特別嗅覚が鋭いわけではないが、それでも行ったり来たりしながら、外周の通路を一周し、匂いを一番強く感じる場所を探り当てた。

「ここからだわ」

 リオ達の前には一枚の扉があった。二人は警戒しながら、そっと扉を開けた。開けた瞬間に微かだった匂いが強さを増し、ツンと鼻を刺激する。扉を開けてすぐそこには地下へ向けて階段が伸びていた。階段の先の方からは微かに灯りが漏れていた。間違いない。彼らが追いかけてきた男たちがいる。そして、おそらくは攫われた遺体も。二人は足音を殺して、階段を下った。階段を下りきったところで、再び扉が現れ、その扉の隙間から灯りが漏れていた。リオとライナは無言で目を合わせた。リオの目は「踏む込むわよ」と言っており、ライナは「はぁ」とため息をついたあと、腰の剣を抜いた。ライナが先頭に立ち、勢いよく扉を開けて中に踏み込む。中にはあの四人の男たちがいた。男たちは驚愕している。だが、それは単に侵入者が突然現れたという驚きではなかった。

「リオ殿……ライナ殿……なぜここに!?」

 男の一人が、二人の名を口にしたことで、リオとライナも驚愕した。

 私たちを知っている!?

 四方の蝋燭の光のみの地下室で、視界は薄暗いが、目を凝らして男たちの顔を確認する。

 なんなの、このメンツは!?

 男たちはパルス王女の従者たちだった。リオとライナの名を呼んだ男に至っては、二人がパルスと初めて会ったときに刀傷の縫合を受けていた騎士ハロルドだった。

「これはどういうことですか?」

「いや、これはその……」

 ハロルドはしどろもどろに、答えに窮している。その間に、リオは室内を見回した。

 元は倉庫だったのかかなり広い。四方の壁全面が棚になっており、大小さまざまなガラス瓶が置かれている。問題は瓶の中身だった。瓶の中は液体で満たされ、その中には肉の塊と思しき物体が浮いていた。それが何の肉なのか、部屋の中央に横たわるモノを見れば容易に想像できた。部屋の中央には金属製の台があり、そこには人間の体が横たわっていた。言うまでもなく、ここまで追いかけてきたシャマル・ルクレールの遺体であった。そして、遺体の前に立つ人物が小ぶりなナイフで胸と腹を裂いて、中から内臓を取り出しているところだった。その人物は血に汚れた灰色の袖の長いローブのようなものに身を包んでいた。血で汚れることが前提に作られているのか、安い生地で何の装飾も施されていない。手には手袋をはめているが、たった今まで行われていた作業のため赤黒く染まっている。口元を同一素材の布で覆い、頭には大きな帽子をかぶり、髪の毛を全て中に押し込んでいた。だが、その帽子の隙間からわずかにはみ出ている髪の毛は美しい銀色で、布の隙間から覗く瞳は瑠璃色に輝いていた。

 まさか……

 リオは自分の頭に浮かんだ考えを必死に否定しようとした。その人物はナイフを脇のテーブルに置き、手袋をはずした。そして、リオの方に向き直り、帽子と口元の布を外した。銀色の長髪が流れ落ち、氷の妖精の如き美しさがそこに顕現する。リオは呆然としながら彼女の名を呟いた。

「パルス様……」

 リオは震えながら尋ねた。

「何をなさっているのですか? パルス様……」

 リオほどではないが、パルスも動揺しているようだった。

「リオさん、まさかあなたが自力でここに辿り着いてしまうなんて。あなたを見くびっていました」

 そこまで声を絞り出したあと、パルスは沈黙し、しびれを切らしたリオが語気を強めて問い詰める。

「答えてください!! あなたはここで、集めた死体でいったい何をやっていたのですか!?」

「それは……」

 誤魔化すことはもはやできないと、パルスが語り始めようとしたとき、リオたちの背後から乱入してくる声があった。

「それはここではなく、御前裁判で語ってもらおうか? パルス!!」

 リオが振り返ると、数人の男たちが階段から続々と室内に突入してきていた。先頭に立っている男は、リオも見知った人物だった。パルスと同じ銀髪と瑠璃色の瞳。だが、パルスと異なりその目は周囲全てを見下しているような威圧感があった。パルスに続き、思いがけない人物の登場にリオはさらに驚愕する。

 ルイス王子!? 私たちをつけていたのはルイス王子一派だったってこと!?

「ルイス王子、なぜ私たちをつけていたの!?」

「リオ・クラテス、貴様が何かボロをださないかと部下たちを張り付けていたのだが、あろうことか“消える死体”の真相に近付いているというではないか。この上貴様に手柄を上げられるのは面白くないと思い、私自身直々に出てきたのだが……」

 ルイスはそこで、パルスの方に視線を移す。

「とんだ大物が釣れたものだ」

 ルイスに睨まれ、パルスは苦渋に満ちた表情を浮かべる。

「パルス。“遺体玩弄”の罪でお前を捕縛する」

“遺体玩弄”この世界最大の宗教勢力であるノルディック聖教が定める最大の禁忌。ノルディック聖教の勢力下の国では、死者の体を傷つけることは死者への冒涜として重罪とみなされる。

「今、この場で申し開きはあるか?」

 彼らの目の前には、パルスの手によって切り開かれた遺体がある。さらに部屋の四方の棚には瓶詰にされた内臓や肉片がある。言い逃れのしようがない状況であった。

「わかりました。陛下の前で全てをお話します」

 パルスは観念した様子で目を伏せる。

「捕らえろ」

 ルイスの後ろに控えていた男たちが、一斉にパルスの体を取り押さえ、縄をかける。王族に対するとは思えない乱暴な扱いに、パルスの従者たちが怒りを顔ににじませるが、数でも道理でも抵抗できないと判断し、彼らもおとなしく捕縛されてしまう。

「行くぞ」

 ルイスは踵を返して部屋を出ていき、捕縛されたパルスたちが引っ立てられていく。

「パルス様!!」

 パルスの背にリオは堪らず声をかけるが、パルスは応えることも振り返ることもなく、縄を引かれるままに部屋を出て行った。地下室には、リオとライナだけが取り残された。

 パルス様……いったい何で……

 混乱や怒りや様々入り乱れた感情に囚われ、リオは唇を嚙み締めていた。

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