0.騎士たるもの

(1)

 ――竜国暦358年。北の極凍地、ガレント竜国。


 大海原を背に堂々とそびえ立つ山――貫かれたような大穴が三日月のような形を模している――の中央には、堅牢に造られた大きな城が建っている。その城を中心に栄えているのが、大陸内で最も広大であると云われている街“リベリー”。特産品は、宝石や宝飾品といったものが多い。また、騎士を筆頭に、冒険者や職人、商人など、あらゆる種族の者たちが、自由に平等に支え合って過ごしている。


 街の周囲には、首を痛めてしまいそうなほど高い城壁――弧を描くように半円状型に造られている――と、外側へ突き出た五本の側防塔が等間隔で建てられおり、幾重にも張られた魔法障壁が、国と城全体を覆い守っている。それに、降り積もる雪が行く手を阻む役割を担っていたりと、環境すらも味方につけている。


 ここまで聞けばただの要塞都市かと思われがちだが、この国一番の要は、“北の竜騎士ノース・ドラグナー”と呼ばれる騎士たちである。竜にまたがり空を舞い、地を駆け、海をも支配する。戦闘に於いて数多の活躍を見せる彼らは、という強者つわもの揃いである。


 個々の強さはもちろんだが、彼らが一丸となって戦えば、その強さは“勇者”にも匹敵すると云われている。また、他国や賊などからの襲撃を受けると――魔法障壁のおかげで安全ではあるが――、相手に舐められないよう徹底的に壊滅にまで追いやるという。そうして勢力を拡大していったガレント竜国は、やがて『北の竜騎士には手を出すな』と大陸全土にまでその畏怖を轟かせた。


 ところが、長年に渡り築き上げてきた平穏な暮らしは、唐突に、魔族たちの襲来によって終わりを迎えようとしていた。


 ――闇夜を照らす血の月ブラッドムーンとともに。


 *


「て……て、敵襲! 敵襲ーッ!!」


 側防塔にて見張りをしていた騎士の一人は、青ざめた顔をさせながら慌てて警鐘を鳴らす。激しく鳴らされたその鐘の音は、眠っていた街中の人たちも飛び起きるほどだった。見回りをしていた他の騎士たちも足早に駆け付けると、素早く戦闘態勢を整えた。


 訓練の賜物、否、経験の方が上回るだろう。彼らの動きは洗練された見事なものだったが、街中では既に、一部の魔族によって暴動が起きており、国を覆う魔法障壁さえも消失し、事態は深刻な状態へと陥っていたのだった。


 赤く染まった月に照らされ宙を浮く魔族の軍勢。その中心にいる一人――深紅の瞳と銀色の髪をした者――が、恐らく統率者なのだろう。冷ややかな表情で街を見下ろす彼は、上げていた右手を静かに下げると、周囲の魔族たちを次々と街へ襲いかからせた。


 *


 ――ガレント城、城内。


 金や白の線が入った黒い大理石の廊下を、燕尾服えんびふくを着た女性が四人の騎士を引き連れ足早に駆ける。その足音と鎧の擦れる音が、城内中に響き渡っていく。


 自室のベッド――四人は寝られそうなほど大きい――で気持ちよく寝ていた少年は、周囲のけたたましい様子に目を覚ます。白金色に近い透明感のある金髪に、右前髪には清涼感のある青緑色が入っている。長めに伸びた襟足は黒い紐で結っている。


 灯りがなくとも目立つ髪色をした幼い顔の彼は、寝ぼけた状態で身体を起こしたものの、突然、勢いよく開かれた扉の音に驚いて、再びベッドの上に倒れ込んだ。


 部屋に入ってきたのは、透き通るような水色の髪に碧く澄んだ瞳をした女性。切り揃えられた前髪に肩下くらいまで伸びた後ろ髪。丸みのある髪型の両側には縹色はなだいろの角が生えているのがとても印象的である。


 少年の無事と寝ぼけた様子に少し安堵した彼女は、連れてきた騎士たちに部屋の前で待機と命じる――その手際の良さから執事であることが見受けられる――と、掛けていた丸眼鏡を軽く指で押し上げる。それから、身にまとった燕尾服のしわを伸ばすと、彼の方へ颯爽と近付いては、その場にひざまずく。


「ぼっちゃま、ご無事で何よりです」


 一瞬、部屋の中が静寂に包まれた。無駄のない執事の動作に呆然とする少年。すると、彼が反応に困っていると察した彼女は、深々と頭を下げた。


「だ、大丈夫だから頭を上げて?」


 そう声を掛けた少年は、美しい翠色の瞳で執事を見つめながら、何があったのかと詳細を求めた。

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