第21話
「……戻らないと思う」
「でも、今悩んだよな?」
「……うん」
「それでいいじゃないか! 今も、これからもずっと! お前は一生舞台に恋して、スポットライトを求めて足掻け!」
悩むなんて覚悟が足りない! って叱られると思ったのに。ヴェールは、はっはっは! と腹から芝居じみた笑い声を上げた。思わず僕がヴェールの声のボリュームを下げるくらい、大きくて威勢のいい声だった。
「いいか、高校生! いずれ俺たちは、クラブグルーシアなんか目じゃないくらい大きな舞台に立つ。絶対にだ、今決めた! お前一人じゃ出来ないことを俺たちはやる。事務所の仲間だって居るんだ、きっとホールにもドームにも立てる日が来る。少なくとも、やろうって足搔く。オズワルドもきっと、じたばた悪足搔きする。何せ俺たちはバーチャルライバーだ。どんな姿形にでもなれるし、一瞬で衣装替えも出来るし、空だって飛べるし、スクリーンがあればどこでだってライブが出来る! 地球の裏側でもな!」
「そうだねえ。そもそも、高校生くんがバーチャルライバーにならなかったら一等星旅団のメンツだって違ってたしねえ。君がオズワルドじゃなかったら、あんな振り付け考えなかっただろうし。“友達が居ない魔法使いの高校生っぽい振り付け”なんて考えようと思わないんだよ、普通のダンサー相手には」
二人の声に迷いはなかった。ヴェールの突然の思いつきを、バンズは無茶だなんて言わなかった。今、画面には誰の顔も映っていない。だから二人がどんな顔をしているのか僕にはわからない。でも多分、笑ってるんじゃないかな。オズワルド、お前なら二人の様子を見に行けるか?
「君が居ても居なくても同じなら、おれたちだってそうだよ。ヴェールもバンズもオズワルドも、中身だけ変えて他の誰かがやればいい。でも、そうじゃないよねえ」
「それに、バンズが言ってた通りだ! そこに居るのがお前じゃなかったら、一等星旅団は今とまるで違ってた! 気付いてなさそうだから言ってやる。お前はそこに居るんだよ! 残念だったな、とっくにお前はスポットライトの下に居る!」
「本当にねえ。スポットライトは舞台の照明だけじゃないんだよなあ。一度お客さんの目に触れたら、おれたちはもう良くも悪くも光を浴びちゃってるんだよね。お客さんの視線もコメントも、みんなが振ってるペンライトも、全部スポットライトだからさあ」
「そうだそうだ! そんなこともわかってなかったのか! まだまだだな、高校生!」
あーっ、はっはっは!
耳を劈くヴェールの笑い声が、僕のヤキモチを吹き飛ばした。どろどろと足元に溜まってまとわりついていたモチたちは、すっかり焦げておいしそうな餅になっている。
なんて単純なやつだって、お前は笑うだろうな。でも、単純なんだよ僕は。だからいつまで経っても舞台から離れられない。ここに居るのが好きなんだ。演技をして、喋って、歌って踊る。僕のままじゃ知らなかった人生を覗き込んで、見られなかった景色を見る。
僕は二条とは違う場所に立っている。当たるスポットライトの色も大きさも強さも違う。それでも僕は、足元の餅を拾い上げて口に運んだ。まだ苦いけど、悪い味じゃなかった。ただ、一つだけのモチを除いて。
最後まで足元に落ちていたヤキモチに、しばらく僕は気付かなかった。それを拾い上げたのはバンズだ。
「でも、バレエへのヤキモチはどうしようねえ」
「……あのさ、その、バレエへのヤキモチって、どういうこと?」
大人二人が黙り込む。誰かに群がる木じゃなくて、正面を向いて舞台に立ってる二人の大人が。だけど今度の沈黙は、意外とあっさり破られた。
「もしかして高校生くん、わかってない?」
「何を?」
「君、その友達のことが好きなんじゃないの?」
なんだよこれ、オズワルド。また違う演目の幕が開くなんて、僕、聞いてないのに。
僕は話を早々に切り上げて、大急ぎでスマートフォンを手元に引き寄せた。
頼む、起きててくれ。出てくれ。星に祈りを込めるように、僕はメッセージアプリで電話を架ける。もちろん、二条に。呼び出し音が切れた瞬間、僕は声を上げた。
「にっ、二条!」
「……どうしたの?」
二条の声は静かだった。眠そうっていう感じではなくて、明らかに元気が萎れてるような声。当然だよな。僕に自分のバレエを否定されて一日を過ごして、一日の終わりに元凶から電話が架かって来るなんて。最悪だ。
僕は最悪だ。だけどここに居る。
「僕、本当はお前のバレエ、すごく、すっごく……」
「その話なら、ぼく、気に」
「すげえ好きだ。お前が躍ってるの見てたら、もう、ああー、上手く言えない! とにかく、踊ってるお前、すっげえかっこよかった。そりゃモテるよ、あんなダンサーがそばに居たら誰だって好きになる。一緒に踊りたくなる。お前、どこで踊っててもわかるんだよ。僕なんかバレエ素人だけど、お前がいっちばん綺麗で、上手で、かっこよくて、綺麗に踊ってるってわかった! きらきらして見えた。お前は一等星だよ、本当に!」
「……綺麗って、二回言ってるよ?」
「じゃあ、それくらい綺麗だってこと! 本当はそうやって言いたかった。でも、僕、お前が……」
言葉にしたら千切れそうだった。だけど僕は言わなきゃいけない。二条の心を、バレエへの思いを踏みにじったのは僕だから。僕が千切れたところで、二条のかけらは集められないかもしれない。でも、僕が壊した二条の心をつなぎ合わせる接着剤になれるなら、僕は幾らでも千切れていい。
「……お前がバレエに片想いしてるのが悔しかった。あんなに上手くて努力して、それでもまだ片想いだなんてさ。とっととくっつけよ、見てるこっちの身にもなれよ。……だからガキみたいに拗ねて酷いこと言った。ごめん。本当に思ってたのは、今言ったことだから。僕、二条のバレエが好きだよ。お前が許してくれるなら、また見たい」
二条は黙ってた。今日はこんなことばかりだ。僕が最悪なことばっかり言って二条から言葉を奪って、支離滅裂なヤキモチをばらまいてヴェールとバンズを黙らせて。全部僕がまいた種から生えて来た沈黙だから、僕はそれに文句を言う資格がない。
スマートフォンの向こう、ずっと向こう。きっと二条は、眩暈がしそうな大都会の真ん中、馬鹿みたいに広くて誰も居ない部屋のどこかに座ってる。それかストレッチをするとか、ロマネスコを齧るとか。
「……君って、そんなにたくさんお喋りするんだね」
「え?」
「しかも大きな声で、はっきりと」
しまった。失敗した。ついさっきまでヴェールとバンズと話していたから、お前のテンションが抜けてなかった。僕は学校ではぼぞぼそ話す。声でお前のことがバレたら嫌だし、自分の声が好きじゃないから。それでも、僕の耳元で聞こえる二条の声は明るかった。真っ暗闇の中で、黄色く暖かい蝋燭が点るみたいに。
「悲しかったよ。誰よりも君に見せたくて、楽しんで欲しかったから。本当に悲しくて、今日のレッスンはまるでだめだった」
「うん……。ごめん。謝り切れない」
「でも、ぼくのバレエは君に届いていたんだね。よかった」
「あ、あのさ」
僕は勇気を振り絞る。清水の舞台から飛び降りるなんてぬるい、宇宙を飛ぶ電車から、地球に飛び降りるくらいの勇気を出して喉を震わせた。
「二条。……僕と仲直りしてくれる?」
「もう……。なんだよそれ。小さい子どもみたいだね」
友達って、仲直りする時に「仲直りしよう」って言わないのか? お前に聞いてもわからないよな、オズワルド。だから僕は、二条の言葉を信じることにした。
「これで仲直りだ。葛城くんと一緒じゃなきゃ、寂しいよ」
どっと力が抜けて、僕はゲーミングチェアの背もたれにどかっと全体重を預けた。丈夫な椅子もさすがにギイと音を立て、キャスターがころころと何度か後ろの方へ転がる。
「君のせいで、ぼくは寂しがりやになってしまったんだ。責任取ってね」
「ああー……。どうすりゃいいかわかんないけど、わかった」
「そんな簡単にわかっちゃだめだって。冗談だよ、気にしないで」
電話の向こう側から、二条が小さく笑う呼吸が聞こえた。今あいつはどんな顔して笑ってるんだろう。でも、笑ってくれた。僕のそばで。
生まれて初めての友達との喧嘩はエグい。「エグい」はお前の言い方か。僕が言うなら、「こんな経験二度としたくない」だな。
「そうだ! もらった電話で申し訳ないけど、一つ君に相談があってね。今度の研究の授業なんだけれどー……」
なあ、オズワルド。友達って、やたらと切り替えが早いものなのか?
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