第20話
その後の二十一時、お前は一等星旅団の三人とコラボ配信をしたよな。だいたい一時間半ぐらい、すごろくゲームをしてやかましく過ごした。だけど、お前の凡ミス祭りは酷かった。明らかに不利なコマの方に進んで行ったり、ミニゲームで全敗したり、ボーナスアイテムを取り逃したり、散々だった。その度にお前は叫んでいたし、バンズとヴェールも笑ってた。コメント欄だって盛り上がってた。
でもさ、そんなお前を僕は誰にも見せたくなかったよ。全部僕のせいだ。ごめんな、オズワルド。
配信が終わってから、三人でクリスマスライブの練習の進み具合を確認していた。ライブに向けて、バンズはボイストレーニング、ヴェールはバンズが考えた筋トレメニューをこなしているらしい。
「オズワルド! お前、“完成度を上げるのに時間がかかる”って悩んでたけど調子はどうだ?」
「うーん……。相変わらずだよ」
「前にバンズに練習中の動画送ったらしいな。俺も見たが、見本通りで完璧だったと思うぞ! なあ、バンズ!」
「そうだねえ」
「僕も何が納得行ってないかわからないんだ。まだ時間あるから、もっと粘ってみる」
「そうか! 追い込み期間が楽しみだな!」
十二月に入ったら、ライブに向けた二週間の追い込み期間に入る。三人揃った本格的な練習はその期間中にやるから、一皮剥けたところを二人に見せたい。僕らも二人に負けていられないぞ、オズワルド。お前のことを考えていると、少しだけ気持ちが楽になる。出来れば僕が寝る寸前まで、この通話が続けばいいのに。
話が一段落したところで、不意にバンズが言った。
「オズワルド、何かあった? オズワルドって言うより、高校生くん」
僕らは今もお互いの本名を知らない。だから、ライバーとしてのオズワルドではなくて僕に用事がある時は、二人は僕をこんな風に呼ぶ。
「ああー……。うん。少し」
「どうした! 青春真っただ中なら、悩みの五つや六つくらいあって当たり前だぞ! そんなに落ち込むな!」
ヴェールが腹から声を出して、彼なりに僕を励まそうと頑張っていた。時々僕は、ヴェールと話しているのかヴェールの向こうに居る声優だった青年と話しているのかわからなくなる。彼は僕と違って、ヴェールのことを“見た目と出身の星が違うif世界の自分”って考えているそうだ。だから、配信する時もそうじゃない時もテンションがまるで変わらない。
「……ちょっと前に、クラスの友達の公演に行ったんだ。そいつ、バレエをやってて、プリンシパルなんだ」
「プリンシパル? なんだかすごそうだな!」
「すごかったんだよ。メイン張って踊ってるのなんか、僕、息をするのも忘れてじっと見てた。他にもいくつか後ろで踊ってる曲があったんだけど、どこに居るのかすぐにわかった。別格って言うのかな。とにかく存在感があって、大人顔負けのダンサーでさ。だってそいつ、『バレエに永遠の片想いをしてる』なんて言うようなやつなんだ。僕のことも、『舞台に恋してる』って言ってた。変わってるよな」
気付けば僕は、ずっと一人で話していた。思いついた順番で、思いついたことを。二条のダンスに圧倒されたことも、四月のプレゼン大会で二条がどれだけのプレゼンをしたのかも、実はオズワルドのことを知られてしまったことも、僕の隣の席だってことも、大きな会社の家の子どもだってことも全部。
「あんなにバレエが上手いのに、客に拍手された時にならないとバレエに振り向いてももらえないんだって! どんだけだよ、バレエ」
時系列も何もかもがちぐはぐな僕の話を、ヴェールとバンズは最低限の相槌を打ちながら聞いてくれた。こんなのは初めてだった。長台詞なんかいくらでも言えるけど、僕から溢れ出る言葉をずっと声にし続けるなんて。
「友達が立ってる舞台も、友達のことも、本当に一等星みたいにきらきらして見えた。眩しくて、僕とはまるで違う世界に居て、でも綺麗で。大人に囲まれてる友達を見てたら……。僕なんか……、居ても居なくても同じだって。それが全部嫌になって、むしゃくしゃして。……友達に酷いこと言った。僕が全部悪いのに、謝ってくれたのは友達なんだ。『退屈な思いをさせてごめん』って。あんな顔が見たかったんじゃない。僕、そいつが笑うのを見るが好きでさ。時々、本当に嬉しそうに笑うんだ。その顔が見られたら、僕だって嬉しいのに、でも……」
「頭の中がぐちゃぐちゃになって、どうしたらいいのかわかんなくなったんだな!」
「……うん」
沈黙が流れた。これが配信だったら、回線が切れたかミュートになったか、配信事故だって語り継がれるほど長い時間、誰も何も言わなかった。ヘッドフォン越しに聞こえるのは静寂だけで、このまま続く無音の世界を、僕はずっと眺めているのかもしれないと思った。
でも、静けさにはやがて終わりが来る。破ったのは、バンズだった。
「それって、ヤキモチじゃないかなあ」
「ヤキモチ?」
「うん。全方位へのヤキモチ」
長々話した僕の気持ちも、永遠に続きそうだった沈黙も、バンズが全部ひとくくりにまとめ上げた。全方位へのヤキモチ、そんな一言で。彼ののんびりした口調は、いつもと変わらない調子で続く。
「大きなステージでスポットライトを浴びて、主役を張ってる人気者の友達へのヤキモチ。腹の底では金儲けのことを考えてるくせに、無遠慮に友達に近寄って話してる大人へのヤキモチ。それと、見た目も家柄も性格もいい友達が、一身に愛情を注いでるバレエそのものへのヤキモチ。おれが話を聞いただけでも、そこらじゅうにヤキモチが飛んでるんだよねえ」
「モチだらけだな! モチ屋になれよ!」
「ヴェールくん、高校生くんを茶化さない」
「あ、すまん」
バンズに窘められたヴェールが、気を取り直して僕に聞いて来た。いつもより少しだけ、低くて静かな声色で。
「なあ、高校生。お前って、本当にバーチャルライバーやっていたいのか?」
「え?」
「もしも今、ミュージカル俳優として復帰してくれって劇団しらぎくから連絡が来たらどうする?」
「それはー……」
なあ、オズワルド。もしも僕が、劇団しらぎくに戻ったらどうする? どうもしないよな。お前はただ、使われなくなったデータとしてライムライト・エンターテイメントのサーバーに保管されて、ある程度時間が経ったら捨てられる。それか次の誰かの土台になって、髪の色も顔の形も変わった別の誰かになる。
お前と離れ離れになった僕は、劇団しらぎく所属になってもう一度色んなミュージカルのオーディションを受ける。いい役を取って来て、社長に褒められる。よくやったよ、和斗君。その役は、今の君にぴったりだ。僕は舞台に立つ。スポットライトを浴びながら独唱して、拍手喝采の中おじぎする。
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