第30話 予期せざる訪問者

     予期せざる訪問者


 自分は予備校の授業を終えて夕方帰宅した。


ダイニング・キッチンでそれぞれ夕食を食べていると、インターホンが鳴った。

 出てみると、誰も知らない人であった。


「坂本ハジメと申します。息子の智之のことでまいりました」

 と言う。


 坂本の父親のようであったので、中に入ってもらった。


 ちなみにこの時、坂本は初恋のあの女の子を尾行しに出かけていたため留守であった。


 ダイニング・キッチンで事情を聞くと、両親がどうしても坂本と連絡が取れず安否が心配になり思い切って、長野県からここまで来た、ということであった。


「え、長野県なんですか?」

 と自分は聞き返した。「関西じゃなくて、ですか?」


「関西ではないです。うちには関西の親類もおりませんし。どうしてですか?」

「いや、そういう出身地の話とか、今まで俺たちしたこと無かったんで、もしかして関西の出身かなぁぐらいに思ってまして」


「いえ、我が家は何代も長野県で家系を受け継いできましたから、関西とは縁もゆかりもないんですよ」

 と坂本の父親は言うのである。


 ともあれ、息子の無事を確認できて良かったと坂本の父親は肩をなでおろした。


「これで家内にもいい知らせが出来ます。家内はろくに眠れない日がずうっと続いておりましてね、ほんとに見ていて気の毒なぐらいに心が弱ってしまって、もうどうしようかと私も追い詰められていたところだったんですよ。いっそのこと警察に捜索願を出そうかとも思ったんですけど、そうするとかえって息子を刺激することになりやしないかと考え直しまして、それで今日に至った次第です。ああ、今日は本当に良かったです。ありがとうございます」


「こちらもお会いできて良かったです。まあ、坂本君は無事ですので」

 と自分は言った。


「あの、ところで、智之はどこに行ってるんでしょうね?」

 と坂本の父親はキョトンとした表情で尋ねた。


 須賀がそこへ口を入れてきた。

「今、学校の冬合宿がありまして、それに参加してるんですよねえ。模擬試験前に集中的に勉強する目的で任意参加ができる合宿なんですよ、自分たちは勉強漬けになるのがキツいんで絶対行かないですけど、彼は結構気合入ってる人なんで参加するんですよね」


「ああ、そうなんですか! それを聞いて心強くなりました。まあ、智之も家内に似て負けず嫌いな性格ですからね。血は争えませんね」

 と言って、坂本の父親は初めて笑った。


 そこから小時間、四方山ばなしめいた会話があって、坂本の父親は快く高輪寮を去っていった。


 面会のあと、この日たまたま高輪寮に遊びに来ていた優ちゃんが、

「あの、大丈夫だったんですか? 坂本さんの親御さんですよね?」

 と聞いてきたので、自分は、

「坂本と連絡が取れなくて心配になって来ただけだった」

 と言った。


「しかし坂本、あいつ関西人じゃなかったんだ」

 と須賀は言った。


「よく関西弁をしゃべり通せてるよな」

 と自分は感心したが、須賀は、

「いやでも俺は時々変だなとはうすうす気づいてた」

 と言うのである。


 そばでずっと聞いていた横井は、

「それ、あと出しジャンケンだろ、須賀」

 と疑いの目を向けた。


「俺は分かんなかったなあ」

 と自分は言った。「なんでそういう偽装をやろうと思うのかね?」


 すると優ちゃんは、

「あ、でも関西人になりすます人、時々いますよね、アハハハ」

 と言った。

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