第29話 職場の飲み会の調整 ~ 職場の飲み会当日
職場の飲み会の調整 ~ 職場の飲み会当日
近日中に、会社のスタッフによる飲み会が再び開催されるという知らせがあった。
それは部署内限定の小規模な親睦会で、服部が中心となって取り仕切っていた。
いつも通り、男性社員は有料で、女性社員は無料であった。
気軽な雰囲気で開かれる自主的な飲み会という体である。二次会のカラオケまで続くことを考え、参加者は各自で終電時刻の確認をした。
直弥は未成年で酒は飲めなかったが、飲み会自体は嫌いでない。
アッコちゃんや莉奈も同様だったが、服部が主催するものに関しては少し複雑な気持ちを抱いていた。
今回アッコちゃんと莉奈の共通の知人二人組が、飲み会に初参加した。彼女たちは二人とも定職に就いておらず、いつも楽しみを探していた。
直弥が手持ちの写真を彼女たちに見せて、
「これが上司の服部だよ」
と説明すると、二人は驚いて、
「え、この人知ってる!」
と声を揃えた。直弥は、
「本当?」
と驚いた。
一人が写真を手に取り、
「この人、マインドスターの面接官だったよ。私を面接した人だよ」
と言った。
それに続いてもう一人も、
「この人、社長だよ。私、面接でプリンセスプリンセスの歌を歌わされたんだよ」
と言った。
それを聞いて須賀は笑いながら、
「何か面白いことが起きてたんだな。服部って社長だったのか、そうだったのか」
と言った。
そこで自分が、
「今度の飲み会、俺も行きたいな」
と言うと、須賀も、
「俺も行きたい。直弥、お前の友達ってことで参加するのはあり?」
と尋ねた。
そこへP太郎が一言。
「でも、マインドスターって人身売買に関わってることがはっきりしてるから、服部だけが相手じゃないってことは肝に銘じておいたほうがいいと思うよ」
「それはそうだね」
と直弥は同調した。
「たぶん、ヤクザとか政治家とかも絡んでるかもしれないから、そこは注意が必要だな。まあ、足を踏み入れた時点ですでにヤバいけど。ほかの金持ち関係も注意だな」
と須賀が言った。
するとアッコちゃんが、
「なんか話が大きくなってきたね。こっちも助っ人が必要なんじゃない?」
と言った。
「誰か助っ人になりそうな知り合い、いるの?」
と須賀がこちらを向いて聞いてきたので、
「中尊寺さん、かな? うーん、どうだろう。そんなに親しいわけじゃないけど、根性入れて連絡してみようかな」
と独り言のように自分は呟いた。
職場の飲み会当日
飲み会は居酒屋で行われた。直弥が我々を手引きしてくれたのである。
目的地に到着したのは予定時刻の五分前だった。
ガラガラのテーブルに、一旦腰を下ろす。
アッコちゃんも莉奈も一緒である。
須賀とP太郎は少し遅れて到着するとのことだった。
午後六時を少し過ぎた。食事が運ばれ、飲み食いが始まった。
服部は酒やけしたような顔をしていた。
カラスのような声で不躾な口をきいて回る。
つまり、機嫌がすこぶる良いのである。
「ほら、何、女の子と話してんだよ。若い女の子はシスメディアの部長さん横に座らせなきゃダメじゃん! 何やってんだよ、常識だよ、常識!」
と、服部は直弥を小馬鹿にしながら教え諭す。
つまり、こういうことだ。
アッコちゃんと莉奈は、シスメディア社の部長の隣に身を寄せて座り、甲斐甲斐しくグラスに酒を注ぎ、競ってタバコに火をつけてやって、にっこり微笑む。何ならこのあとワタシを連れ出して下さってもダイジョウブですよ? と部長に感じてもらう。
そんな画を服部は見たくて、見たくて、体が疼いているのである。
「もぉー!」
と服部は直弥にイラついて声をあげる。「お客さんが来てるんだから、自分が女の子と話なんかしてちゃダメだろぉ? あー、どうしようもないな、ナオヤちゃーん。だからダメなんだよ、キミは!」
シスメディア社の部長さんという男と自分は少し話をした。フィットネスジムのパーソナルトレーナーと決まった時間に運動をしているのだという。
アッコちゃんも莉奈も、子供の頃から体育会系の環境で育った。
運動能力の維持や改善には常に関心があった。
だから部長さんがどういう方法で体を鍛えたり維持したりしているか聞いてみたいと思った。
案外、話に花が咲いたのである。
シスメディアの部長さんはフィットネスジムでのエクササイズに加え、五キロメートル走、十キロメートル走、ハーフマラソンなどにも参加・出場するという。直近の五キロメートル走大会では、二十二分で走り切ったそうである。
年齢を加味すれば実に驚くべき成績である。
二人の女の子はそろって感心した。
ちなみに、アッコちゃんは調子が良ければ、三十分弱、莉奈は四十分ぐらいかけて走るとのことだった。
「素人の女子としては、なかなかですよ」
とI部長は言った。
そんな盛り上がった場面にいち早く気づいたのが服部であった。
嬉しそうに近寄ってきて、
「何楽しそうな話してんのぉ? 彼氏の話?」
と声をかけ、身を寄せてきた。
空になったグラスを片手に服部は、席から席へと移動していた。
頭にはネクタイが鉢巻のように巻かれていた。
アッコちゃんか莉奈が気を回して服部のグラスにビールを注がないことを願いつつ、自分は、
「Iさんすごいんですよ! この間、五キロメートル走の大会に出られて、その時二十二分だったそうですよ!」
と言った。
服部は未知の呪文を耳にしたかのような表情で思考が止まりそうに見えた。
知恵も工夫もない彼のネクタイ鉢巻姿が目に留まった。
それ自体が際立って無意味なのである。
「いやぁ、俺も莉奈とかアッコちゃんと一緒に走っているんですけど、二人とも結構いい成績なんですよ。アッコちゃんなんか年代別部門で表彰されたほどですからね」
と自分が言うと、アッコちゃんは、
「あれはすごい小っちゃい大会だったのよ」
と言葉を入れた。
「そんなこの人らに負けたくないというのが俺のモチベーションになっちゃってますけどね」
と自分は言った。
「なんだか分かんないけど」
と服部は言い、
「いや、そんなことよりも、あれ? アッコちゃんて、ついに彼氏できたんだって?」
と話を切り替えてきた。
「彼氏できてませんよー。ていうか、いませんからぁー」
とアッコちゃんはわざとらしく声をあげた。
「え? でもかっこいい彼氏ができたって聞いたよ? あれ? あれ?」
「えぇー、何それェ? 違いますよォ! どこで聞いたんですかぁ?」
とアッコちゃんが反応するのをここぞとばかりに服部は面白がり、さらに話を広げようとしているかのようであった。
いちいち人の会話の腰を折ってくる服部の根性が、自分には不快であった。
「服部さんは走らないんですか?」
と莉奈が可愛く尋ねると、服部はまるで場違いなレストランに一人で来てしまったオジサンのような様子で、一瞬妙な間を置いて、
「走らない」
とキモオタ口調で答えた。
魚を丸ごと焼いた料理がアリサの前にあって、小さくつばまれた状態であった。
その隣には優ちゃんが座っている。
優ちゃんは焼き飯を完食したばかりである。
自分はエビチリ風の料理を食べ終えていた。
酒が進むにつれ、服部の無礼な言動が目立ち始めた。
まるで武勇伝を語るかのように、彼は先日職場で若い女性社員にかわいい表情や仕草をさせた話をした。
一緒にいた来訪客をそれで楽しませた、と得意になっている。
服部は酒の勢いで身振りも大げさになっていた。
ゲストとして来ていたI部長が、落ち着いた口調で言った。
「でも、今の時代、女性社員をそういうふうに使うのはどうかと思いますよ、昨今の風潮的に」
それを聞いた服部は、酔いが冷めたような顔をして、すぐに言い返した。
「いいじゃん。だって、そういうの楽しいんだもん!」
そして、彼はこう言葉を継いだ。
「社内の若い男女の色恋沙汰を追うのが楽しいんですよ!」
陰気で挙動不審な反応をしていたかつての男子生徒が、社会で権力を持ち、初老に至ってこのような振る舞いを見せている。
周囲も同様の受け取りをしているはずだが、あえて口にはしない。
酒が進み、食事の香りと人々の声でその場が満たされていた。服部は別の席に移り、声をあげて、はしゃいでいた。
一方、こちらでは別の話題で盛り上がっていた。
食事もほとんどなくなり、皿が散らかり始める中、アリサがうんざりした表情で言った。
「私、お腹いっぱーい。優くーん、これ食べて!」
そばに寄り添う優ちゃんは、新規の使いっ走りのようにハツラツと、
「はい、かしこまりました!」
と応え、アリサの皿を自分の前に移し、魚の残りを食べ始めた。
その頃、向こうでは、アッコちゃんと莉奈がオヤジたちに酒をついで、場を盛り上げるホステスの役割を演じていた。
P太郎が笑いながら、
「優ちゃんは森の掃除屋なんだね」
と笑うと、優ちゃんはきょとんとして、
「えっ?」
と顔を上げた。
アリサが不機嫌そうに、
「優くんは私のご飯を片づけてくれる係なの」
と言った。自分がフォローして、
「優ちゃん、こんなことのために来てるわけじゃないのにね」
と言うと、優ちゃんは笑いながら、
「あ、いえ、ボクちょうどお腹空いていたので、全然大丈夫です。むしろ、人のごはんまで食べられて得したかなって……、ハハハ」
と答えた。
アリサと優ちゃんの間には何か特別な関係が見え隠れしていた。
ちなみに、優ちゃんは他の女性と結婚しており、彼女の仕事の都合で二人は別居中だという。
週末は一緒に過ごしているとのことだ。
優ちゃんは話しかけると、妙にかしこまった返事をしてくる。
しかし実は自分の感情を表に出さないことに長けていて、この状況をあえて楽しんでいるようにも見えた。
彼は学生じみた風貌をして年上の女性からたいそう可愛がられる。
そして、感情を表に出さないためのスキルを持っている。
高輪寮の誰が知っているかは不明だが、優ちゃんは密かに直弥を嫌っていた。
表向きはいつもにこやかに話しているが、内心では違うようだ。
というのも、以前、直弥がさゆりと喧嘩をし、その余波がこちらにも少し及んだことがあった。
その際、優ちゃんと自分は世間話をしていて、直弥の長所と短所について話題になった。
優ちゃんは、直弥はいつも笑顔で、人を悪く言わず、誰に対しても親切に接するのが長所だと言いながら、
「でも、実は腹の中は真っ黒いぞ、みたいな。アハハハ」
と軽く笑っていた。
それを思うにつけ、優ちゃん自身も何か重く暗いものを心に抱えているように見えた。
それを、小心者のように振る舞い、低姿勢でいることで隠しているのではないかと自分は思った。
彼は、年を重ねるごとに「頭の中がお花畑の中年男性」みたいなキャラクター作りに向けて磨きをかけているように見えたのである。
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