空の旅

「うおおおお……! と、飛んでる……! 飛んでるよ俺……!」


 小声で驚くという器用な行動をしているテオは今現在、飛行船の上。もっと言えば空にいた。

 飛行船に乗ったことがない彼にとって空の旅は完全に未知のもので、遠くなっている大地や村、逆に近くなった山の頂や雲に感動しているのだ。


(テオ君、可愛い……)


 そんなテオが歳相応に興奮している姿に、妙な感情を抱いている枢機卿のことを除けば平穏な空の旅だ。

 弁護をするとすれば、母性と女の感情でうろうろしている者に、無邪気な感情を発露すれば、色々と危ないスイッチを押してしまうものである。恐らく。


「すっげ。鳥とおんなじ目線だ」

「腕を伸ばせば届きそうです。ね、ゼナイド」

「確かに」

(よかった。テオ君のお陰でアナスタシアとゼナイドが人間らしい感情を持ってる)


 そんな枢機卿だが色ぼけているだけではなく、安堵もしていた。

 テオを挟んでいる太陽と月は、飛行船に乗っても特別な感情を抱かず、単なる移動手段としか捉えていない節があった。

 しかしここでテオが加わり、彼が素直な感動を表現すると、つられたようにアナスタシアとゼナイドも外の光景を見始めた。

 そうアレと願われた願望の器に近い聖女が、このような行動に意味を見出しているのは奇跡に近く、テオと聖女達が出会えたのは運命と言っていいだろう。


「なあカレン。白貴教には空を飛ぶペガサス騎士ってのがいるんだよな?」

「ああ。基本的には小柄な女ばかりの部隊だが、大神殿を守る精鋭達だ」

「軽くないと無理なのか?」

「そう聞いている。逞しい男が武器を持てば、ペガサスは飛び立てないとか」

「なら俺も結構怪しいな」


 ここでテオは、白貴教の武を象徴する看板。ペガサス騎士の存在を思い出してカレンに尋ねた。

 名前通り翼の生えた天馬を駆る騎士達だが、筋骨隆々な男が乗ることを想定しておらず、基本的には小柄な女性の集団だ。

 つまりは対悪魔部署に比べ華やかで、宣伝に用いるのに適しているため、恐れられている専門家達に比べると、ペガサス騎士団は憧れの感情を向けられることが多い。


「それなら……大滝国の滝壺にはドラゴンが眠っているという話を聞いたことがある。テオはドラゴンに乗るか?」

「まあ、ゼナイド。それは名案ですね」

「ドラゴンかあ。竜騎士ってかなりかっこいいよな」


 僅かに首を傾げたゼナイドの提案にアナスタシアが笑みを浮かべる一方、テオは素直に会話の流れに乗ったが、かなりの温度差があった。

 アナスタシアとゼナイドは、テオならドラゴンに乗ってもおかしくないという本気の感情を持っているのだ。


 ドラゴンとは力の象徴だ。

 そこらの城を優に超え、逞しい四肢は大地を踏み砕き、鋭すぎる歯は万物を噛み砕く。蝙蝠のような羽で軽やかに舞い、爬虫類の鱗はどんな武器をも通さない。そして口からは様々な種類のブレスを吐き出し、人語を操る知性を兼ね揃えている超越存在だ。


 基本的に最下級のドラゴンとも言えないトカゲモドキを除き、真にドラゴンと呼称される存在は人間が相手に出来る存在ではなく、一種の災害に等しい力の塊だ。

 そのためドラゴンの背に乗る英雄、竜騎士は御伽噺にしか存在しない者で、テオは聖女二人が本気で言っているとは思っていなかった。


「エマさん、大滝国のドラゴンってどんな存在なんですか?」

「そうね……千年は前の伝承だったかしら……大滝国の滝壺に眠っているけど、国に危機が訪れた時に目覚め、悪しき者を討ち滅ぼすと伝えられているとか。でも伝承が古い上に曖昧だから、姿形については様々な見解があるみたいね」

「なるほど。水の底だからなんとなく青い鱗ってイメージを抱きました」

「実際、それが主流ではあるみたい」


 温度差に気が付かないテオがエマに尋ねる。

 それによると大滝国にはドラゴンが眠っていて、国に危機が訪れるというありきたりな御伽噺だ。

 しかしながら人は時として、そのありきたりをこう呼ぶ。

 英雄譚と。


 ところで話は大きく変わるが、以前に少しだけ述べた、アナスタシアとゼナイドが呪われているのか祝福されているのかも分からない、訳あり中の訳あり。もしくは特別な存在の理由を説明するべきだろう。


「あら?」

「む」


 何かを感じ取ったのかアナスタシアが少しだけ首を傾げ、ゼナイドはまたかと言わんばかりの声を漏らす。

 変化は唐突だった。


 成熟した女性だったアナスタシアとゼナイドの背丈、更には起伏がやや縮み……カレンやテオと同年代の少女になる。


「これが……」


 事前に話を聞いていたテオだったが、あまりにも突然の変化に言葉がない。

 様々な恩寵が世界に溢れているとはいえ、一応白貴教の公式見解は神の祝福で恩寵の一種だとしているが、それでも一部の信者が呪われているのではと思う程度に、年齢が変化するのは珍しい力と言える。


「テオ様と同じくらいの歳でしょうか?」

「どう思う?」

「あ、うん。多分それくらいだよ」

「うふ」

「そうか」


 アナスタシアとゼナイドは平然としてテオに尋ね、彼と同年代な外見年齢のどこに喜びを見出したのかは分からないが、温かな太陽は満面の笑みを湛え、冷たい月もどこか嬉しそうにしていた。


 ◆


「俺がテオをぶん投げたら飛べるんだが」

「どうしてそうなるんじゃ。それに投げた後は自由落下じゃん」


 なおどこかの酒場では中年が呟き、珍しいことに老人が呆れたようにツッコミを入れていた。

 しかしである。


「それにしても聖女の力は……お姉ちゃん先輩に甘え、同級生彼女とイチャイチャし、後輩妹にお兄ちゃんと呼ばれることが出来る、一粒で何倍も美味しい力じゃ!」

「下品だつってんだろうが爺ぃー!」

「ほんぎゃーー⁉」


 いつも通りの気色悪い表情を浮かべた老人は、中年の拳を受けて天井へ飛翔しめり込んだ。

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