前日譚
各地で様々な反応を引き起こしているテオだったが、本人は妙な事態に困惑していた。
「なんか凄いことになってるぞ……」
彼が困惑している原因は、長く愛用している短剣にあった。
アナスタシアとゼナイド。更にカレンとエマの力を受けて悪魔を貫いたこの武器は、頑丈さが取り柄だったものの、言ってしまえばそれだけだった。
しかし今現在は違う。
「特別な力を受けた武器が姿を変える……という話を聞いたことがあるわ」
「つまりこれもですかエマさん?」
「多分だけど」
注意深く観察しているエマの視線の先には、刀身に金属の輝きではない白と黒が入り混じった短剣が置かれていた。
そしてエマの若干あやふやな知識では、強力、もしくは特別な力に曝された武器が、不思議なことに外見を変えてしまうらしい。
「それに僅かだけどアナスタシアとゼナイドの力を感じる……悪魔を倒した時の祈りが宿ったのかも」
「わたくしとゼナイドの力?」
「ええ」
考察を続けるエマにアナスタシアが首を傾げ、ゼナイドは興味深そうに短剣を見つめる。
何処か太陽と月を思わせる、二つの力を宿している短剣に原因があるとすれば、まさに通貨の悪魔を倒した時の祈りだろう。しかし、聖女達にとってもこの現象は意図したものではなく、自分の力が宿った武器というのは予想外の産物だった。
「ならこれ、白貴教に譲った方がいいですか?」
テオはあまり難しく考えず、聖女の力が宿っている物なら、白貴教に譲った方がいいのではないかと考えた。
通常ならその発想は正しい。正しいが、ここにいる白貴教徒は少々変わった者達だ。
「テオの物だ」
「そうですよ。ゼナイドの言う通りです」
表情を変えない淡々としたゼナイドの言葉を、アナスタシアが温かな微笑みを浮かべて肯定した。
この場にいる女達にとって、テオの短剣は自らを救ってくれた象徴に等しく、それは彼の手の中にあって完成するものだ。それに所有権はテオにあるため、神殿に譲る必要が無いとも考えていた。
「私もそれがいいと思うわ」
「同じく」
「じゃあ遠慮なく」
監督役であるエマに加えカレンも聖女達に同意すると、テオは白と黒に輝いている短剣を鞘に納めて身に着けた。
「話は変わって街のことなのだけど……」
すると今度は、エマが奇妙な事態に翻弄されていることを告げる。
「王が死去したから、聖女が女王に即位すればいいのではという意見がちらほらあるみたいなのよ……」
このエマの発言にテオとカレンはぎょっとしたが、当事者の聖女二人はきょとんとした。
「我々に政治は出来ない」
「そうですよ。学んだこともありません」
ゼナイドとアナスタシアは、自分が関わっても国が上手く回らないことを理解していた。これは彼女達にとって。そして山脈国にとっても幸運だったが、大した知識を持っていない市民は違う意見を持ったらしい。
極論すると肩書が立派な人物は、素晴らしい政治をしてくれるだろうと、あまりにも安直に思っただけだが、乗せられると大抵は互いに痛い目を見てしまうものだ。
「対悪魔部署と話し合いをした時も、面倒になる可能性が僅かにあるから、物理的にこの場からいなくなった方がいいかもしれないという意見が出たわ。私もそれを受け入れるつもりよ」
「分かりました」
「はい」
監督役であるエマの事実上の決定に、アナスタシアとゼナイドが頷いた。
この辺りが一般の聖女と違うところだ。
もし権力争いに固執している聖女なら、山脈国の政治に深く関わろうとしただろう。しかし、様々な地で祈りを捧げることが使命だと思っている、ある意味歪な二人は政治的な混乱を望んでいなかった。
そして対悪魔部署も、後始末や政治的な分野で完全な素人の聖女一行が、いつまでもこの場にいる必要性を感じておらず、早急に次の国へ向かってほしいというのが本音だった。
「なら頑張ろうぜ同僚」
「そうだな同僚」
テオがわざと軽めの口調でカレンに話しかけた。
監督役と聖女が決定したのなら、護衛である二人の若者はそれに従うだけである。
「それでは、次の予定地。
エマが告げた次の行き先は、巨大な滝があることで有名な国だ。
勿論、騒動が確定していた。
◆
その日の晩、相も変わらずテオは夢を見た。
「ん? な、なんだあ⁉」
見たが、目を見開くと骸骨が超至近距離にいるではないか。
「失敬失敬! 俺っち反省! そりゃ急にこんなツラを見たら驚くわな!」
慌てて仰け反ったテオの反応が面白かっただろう。口では謝っているものの、骨が動いているとしか表現出来ない、動く骸骨ことスケルトンに酷似している存在が、今にも笑い出しそうな雰囲気を醸し出す。
「ワン」
「キュー」
「……」
「げえっ⁉ お、お約束三銃士⁉ 一応言っておくけど、俺っちの庭に入るんじゃないぞ! あ、ついでに間違っても人間化とかするなよ! 怪物は怪物らしくが至高だ!」
そんな骸骨だったが、足元に現れた子犬、粘体生物、蜥蜴の視線に驚き、慌てて退散した。
「な、なんだったんだ? あ、フェンリル。お前、俺を助けてくれたんだよな。ありがとう」
「ワフ」
「ところで残りの、あれ? いない……」
残されたテオは唖然としたものの、神殺しの獣が自分を助けてくれたことの御礼がまだだったので、抱き上げて感謝する。
そして残りの粘体生物と蜥蜴を確認しようとしたが、いつの間にか消え失せていた。
「よう」
「あ、おっさん。さっき骸骨に話しかけられて、水っぽいのと蜥蜴みたいなのがいたんだけど」
そんなテオに、人相が悪い中年が話しかける。
老人と常に争っているこの男だが、割と面倒見がいいものの面倒臭がりで、説明は大雑把なものになりがちだ。
「水っぽいのと蜥蜴は子犬の……お約束的お友達。骸骨は……暇人だ」
「なんだそれ」
かなり雑な説明を受けたテオはポカンとしてしまうが、中年は肩を竦めて流した。
尤もテオが正確な説明を受けても、理解し切れることはないだろう。
「それで、次の国へ行くんだってな」
「そうそう。でっかい滝があるらしいんだ。楽しみだなあ」
「楽しむといいさ。世界を、人を」
「おう!」
露骨に話を逸らした中年だったが、大滝国の名の通りの絶景を期待しているテオは気にせず話題に乗る。
人生を縛られ、狭い世界で生きてきた英雄が、ついに羽ばたく前日譚だった。
■
後書き
一章終わり!
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