ここに、あれの死体が埋まっている
星来 香文子
第1話 愁
あれは、孫の俺から見てもどうしようもない男だった。
世間からは、代々続く地主、この町の有力者、頼りになる町長だの言われてもてはやされているが、実際は欲にまみれたクソ爺だ。
若い女中に手を出したかと思えば、晩年は男にまで手を出すようになった。
それも、孫の俺と同じ歳の。
町の公共事業を任されている建設会社の社員の息子で、名前を
俺が名前を知ったのは、中学で同じクラスになってからだが、あれは俺よりもずっと前から山中のことを知っていて、中学生になるずっと前から、山中を玩具にして遊んでいた。
明らかな性的虐待。
性暴力だ。
山中の父親は、そのことを知っていたのだと思う。
知っていて、仕事の、自分の出世のために息子を利用していた。
そうでなければおかしい。
最初は父親に連れられて家に来ていたが、いつの間にか一人で来るようになっていた。
知っていて、差し出したのだ。
あれの機嫌さえ取っておけば、いくらでも仕事が入る。
それが分かっていて、山中は、父親に売られたのだ。
あれが書斎で何をしているか、中学のころには俺はすべて把握していた。
祖母も、父も、母も、本当はすべて知っていて、気づいていないふりをしている。
この家では……いや、この村ではあれの言うことがすべてで、あれが頂点だった。
従わなければ、何をされるか分かったものじゃない。
暴力だって、平気で振るうような男だ。
祖母が殴られているところも、父が殴られているところも、俺は見たことがある。
母が犯されていたことも知っている。
父の見ている前で、堂々と母の尻を撫でていたし、入浴中の母がいるのに、風呂場に入っていったこともあった。
最低な男だ。
最悪なことに、どれだけ毛嫌いしていてもあれと同じ血が、俺にも流れていると思うと嫌でたまらなかった。
鏡を見る度、あれに似ている自分の顔が嫌いで仕方がなかった。
父も、あれと同じ顔をしているし、もしかしたら、俺は、父の子ではなく、あれの子供なのではないかと疑っていた時期もあった。
子種がどちらにせよ、俺はあれと血がつながっていることに間違いはない。
あまりに悍ましく、何度も死にたいと思っていた。
「――山中くんって、恋人はいるのかしら?」
「素敵よね。顔も俳優さんみたいに綺麗で……」
「あのちょっと影がある感じもいいのよね」
「わかるぅ」
高校生になると、山中は女子たちの間で人気者になっていた。
確かに山中の外見は、女子が騒ぎそうな顔をしている。
西洋人のように色が白く、愁いを帯びているような大きな瞳が女心をくすぐるらしい。
私が守ってあげなければ、と、思うのだとか。
他の男子たちからは、男らしくないだとか、軟弱な奴だとか、嫉妬され、邪険に扱わられている。
そうすると、いつの間にか出来上がっていた山中の親衛隊のような女たちがギャーギャー騒いで、山中をいじめるなんて最低だと言われ、余計に男子たちから山中は嫌われていた。
本人は何もしていないし、する気もない。
けれど、ただそこにいるだけで注目され、勝手な想像と欲望をぶつけられている。
かわいそうな奴だ。
自分の意志なんて、一つもない。
きっと、心が死んでいるのだと思った。
俺は自分が何かされたわけでもないのに、他人をいじめたり、悪口を言ったりするのは性に合わなくて、ただ、できるだけかかわらないようにしていた。
そうなると、お前は山中を嫌っていないのだから……という理由で、必然的に班分けで山中と組まされることが多くなる。
最悪なのが、二人一組でと言われると、いつも山中が残ってしまう。
当時の担任教師は女だったため、山中贔屓だったのだろう。
いつも山中が一人残ったと、「
山中だって、あれとそっくりな俺の顔なんて、学校に来てまで見たくもないだろう。
それでも、山中は文句も言わずに、俺に接していた。
あれに対する恨み言の一つでもいえばまだ可愛げがあったかもしれない。
俺だって、不憫に思って同情したかもしれない。
どう考えても、山中は被害者で、あれが加害者なのは明らかだった。
山中があれを愛しているはずがない。
それなのに……
「ごめんね。君のお祖父さんには、いつも父がお世話になっているのに、俺まで迷惑をかけて……」
笑ったんだ。
「いつも、ありがとう」
心にも思っていない。
作り物のような顔をして、感情を全部押し殺しているような顔で、そう言って笑った。
その瞬間、酷い罪悪感で、俺は押しつぶされそうになった。
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