第2話 マーサとレンレイ

「ふふっ、面白いね、君。気に入ったよ。僕の方についていかないかい?色々教えてあげるよ」


「たとえばどんなことを教えてくれるの?」


「そうだね、うーん……。たとえば……


黒い姿のその生き物——おそらく今の僕や倒れているこいつと同じ種族の生き物は、屈託のない笑顔でそう答える。


「ニ……ニンゲン?って何?」


「何って、君も人間じゃないか」


さらに笑う彼、もしくは彼女。それを聞いて僕は理解した。


「そうか。この生き物は『人間』って名前なのか」


「どういうことかな?ちょっと話を聞かせてくれ」


そういって僕に前足を向けてくる。とりあえず僕は前足(この形だから、猿みたいに「手」って表現するのがいいだろうか)で同じように対応する。

森で猿が木の棒に対してやっていたように、僕はとりあえず自分の手で相手の手を掴んだ。


「わかった。ついていくよ」


僕はそのまま立ち上がる。すると、その人間は僕を連れて歩き出した。


「そういえば君、名前とかあるのかい?」


「名前?そんなのないけど。森で生きるのには必要なかった」


「フフッ、冗談じゃないのはわかるけどさ、君は森で生きてたのかい?そっかぁ……じゃあ、レンレイ君って呼ぶね。私はマーサ。よろしく」


「レンレイ」


これが僕の名前か。


「レンレイ、レンレイ、レンレイ……」


「はは、気に入ったのかい?」


思いのほか何度も口ずさんでしまった。マーサがその様子を見て少し楽しそうになっていたので、思わず恥ずかしくなってやめた。


「あはは、可愛いなあ。家まで送り届けてあげるからね」


そのまま僕はマーサの家まで一緒に行った。ちなみに、マーサによると「家」というのは人間の巣のことらしい。


しばらくして家に着く。この場所にある大量の巨大な箱が、「家」や「店」であることも教えてもらった。


「ここが私の家だよ。今のレンレイ君は多分住むところがないだろうから住まわせてあげよう」


僕は少し嬉しくなってマーサの方を見つめた。そして、家の中に入っていった。


「ちょっとちょっと。今のレンレイ君は汚れてるから、お風呂に入らないと。私が入れてあげようか」


マーサにそう言われたので、僕は一度振り向く。


「よくわからないけど、それって生きるのに重要?」


「重要だよ。体を洗わないままでいると病気になっちゃうんだからさ」


「そっか。じゃあ入れて」


そうして僕はマーサに『オフロ』に案内されると、体の周りにつけていた布(「服」というらしい)を脱がされてしまった。そして、奥にある部屋に入ると、目の前には不思議な板があって、その板の向こうにはもう一人のマーサと、赤い目に灰色の長い毛が頭から伸びた人間の子供が立っている。


「これは何?」


「それは鏡って言うんだ。目の前に立っている子供は君だよ」


マーサはそういうと、僕はそのまま体に泡をつけられたり、髪を掻き立てられたり、雨のようなものでそれを流されたりした。


「ふぅ。これで綺麗になったよ。あとは君の服を用意しておくから、そこに溜まってるお湯の中に入ってね〜」


そう言ってマーサはどこかに行ってしまった。


……とりあえずこの中に入ればいいのか?そう思って水に体をつけた。


……想像より熱かった。だがここで冷たい水だったら確実に体がもたないので、それがいい。


思わず気に入って長い時間浸かってしまった。しばらくして上がると、そこには僕のための服が用意されていた。


「この服、さっきまで着てたのより動きやすい気がする」


そう呟きながら僕はマーサを探す。すると、マーサの方から出てきてくれた。


「ああ、その様子はお風呂から上がったのかい?その服、動きやすいだろう。さあ、ケーキがあるから一緒に食べよう」


「ケーキって何?」


「とっても美味しい食べ物だよ。私が大好きなんだ」


どんな食べ物だろうか。想像もつかない。


僕が期待と想像を掻き立てながらマーサについていくと、そこにはさらに乗せられた色とりどりの形をしたものがあった。


「これが”ケーキ”?」


「そうだよ。さあ、ここに座ってごらん。これは『椅子』っていうんだ」


そう言われたので『椅子』というらしいものに座る。すると、ケーキが切り分けられ、僕の分が僕の目の前にある平たいものの上に置かれた。


「これからどうやって食べればいいか教えるね。まず、食べ物を食べる前は『いただきます』って言うんだ」


「いただきます」


「そうそう。


僕がケーキを手で掴もうとすると、マーサがそれを止めた。そして、僕にまた一つ新たなことを教えてくる。


「これはフォークって言うんだけど、これでケーキを切ったり切り分けたりして食べるんだ」


マーサが『フォーク』というそれは手で握る部分がある。そして先が尖って、3つに分かれている。僕はマーサの真似をしてケーキを切り、刺して口に運ぶ。


すると、僕の中に食べたことのない味がする。いつも食べていた肉とはまた違った旨味。その刺激に衝撃が止まらなかった。


「……美味しい」


「ケーキっていうのは甘いお菓子だ。それは遠くの森で獲れた果実をたくさん使ったフルーツタルトだな」


元々肉食だから知らなかった果実の味。こんな美味しかったのか。


色々と素晴らしいことを感じながら、僕はそのケーキを食べ終わった。


ちなみに僕が食べた1部分を除いて、全てマーサが食べていた。ケーキが好きっていうのは事実だったんだな……


僕はそのまま、マーサにいろいろなことを教えてもらった。

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