第3話 咎人
「
それはレンレイやマーサの住むゲヘナ・ハイブを脅かす、異形の怪物である。
それが今、彼らの近くを訪れた——。
————
(ここからレンレイ視点)
僕が眠っている間に、急に大きな音がした。
「えっ、何が起きたの!?」
僕が驚いてドアを開け、2階にある寝室から下へと飛び出す。
「下がっててね、レンレイくん」
僕の存在を何かしらの方法で察知したのか、マーサが振り向いてそう言った。
視点を動かしてかろうじて見えるのは、マーサが戦っている謎の生き物。
人型ではあるが、いくつか違うところがある。青いキノコのかさのような形に変化した頭部に、皮膚は闇のように真っ黒である。人間の中には何人か暗い肌の色の人もいたけど、そんなレベルじゃない。
それに、あの存在は何やら不思議な服を纏っている。縞模様がついていて、服の内側からいろいろなところが膨らんでいる。
「ああ、かわいそうに…………」
「ああ、かわいそうに…………」
「ああ、かわいそうに…………」
ただそれだけしか言わない怪物は、かさのようになっている頭部を開いたり閉じたりしながら、かさの裏側をマーサの方に向ける。すると、雨のような、あるいはお風呂で浴びたやつ(シャワーというらしい)のような大量の水を浴びせてきた。
その水を浴びた僕とマーサは遠くへと飛ばされ、そのまま痛みを感じるほどの速度で叩きつけられる。
「痛い!」
「だから下がってろって言ったよね。私は今、咎人と戦っているんだ」
「咎人?」
「この世界を荒らす化け物のことさ。元々は人間だったって言われている」
「人間が、化け物になるの?それってどういう——」
「君だって、獣から人間になったじゃないか」
そう言われると確かに納得はいく。僕が獣から人間になったなら、人間も別のものになる可能性は否定できない。
しばらくすると、マーサは立ち上がって肩か背中の辺りから、黒光りする平たく幅のある形のものを6本発生させた。それは腕のようにも見えるが、しなっていて非常に長く伸びている。
それをひたすら乱雑に振り回して攻撃するマーサに、僕は驚きを隠すことができなかった。
「ああ、かわいそうに…………」
「ああ、かわいそうに…………」
うわ言のように可哀想、可哀想と連呼しながら、咎人は首を回し、かさを開けたり閉めたりしながら、マーサとレンレイに向かって雨を降らせる。
しかし、あろうことかマーサは触手でそれらの雨を全て弾き飛ばしてしまった。今の僕の動体視力だったら前より衰えてるけど、それでもかろうじてマーサがそうしたことはよくわかった。
そして、マーサは1本の触手で咎人のかさを刺し貫き、そのまま他の5本で咎人の体を締め上げる。続いて咎人を床に叩きつけた。
「ああ……救うことができなかった……本当に可哀想だ」
「君の救いが何かはわかんないけど、とりあえず咎人は殺さなくちゃいけない」
そのまま6本の腕で咎人を突き刺す。次の瞬間、咎人は地面に落ちた果実が潰れて割れるように、ズタズタに引き裂かれた。
「……これで咎人は倒すことができた」
この瞬間を見た僕は少し不思議な気持ちになる。
咎人の強さがどれくらいかわからないが、先ほど僕を雨で攻撃して動けなくしていたことから、少なくとも僕よりは強そう、というのはなんとなく伝わってくる。
だけど、マーサはその咎人よりも強い。これはマーサが咎人を倒したことからほぼ確実なものだろう。
「マーサ、すごかったよ。それと、あの6本の長い腕は何?もしかして、人間にはあの長い腕がついてるの?」
「いや、この長い腕は私だけの能力だ。これは私の『原罪』という能力でね。6本の触手を自在に操ることができる。長さは最大で50メートル……まあ、この部屋の隅から隅までは余裕で届くぐらいの長さはある」
「そっか……ちなみに『原罪』って僕にもあるの?」
「多分あるんじゃないかな?本来なら自分の原罪の知識を持って生まれてくるはずなんだけれどね……」
「そうなんだ。ちなみに話は逸れるけど、『咎人』って何?元人間っていうのはさっき聞いたばっかりだけど、もっと詳しく教えてほしいな」
「そっか。じゃあ教えてあげるね。『咎人』っていうのは異形の怪物で、常に独特な行動をとりながら動き続ける。それと元人間って言ったけれど、正確にいうと自殺した人間が咎人になる」
「”ジサツ”って何?」
「ああ、知らないのか。自殺っていうのは自らの手で命を捨てることを言うんだ。これをすると人は咎人になってしまう。だから、ここゲヘナ・ハイブでは自殺をすることが禁止されている。それでも、やる輩は後を絶たないんだけどね」
「……そんなこと、ありえない。自殺なんて、ありえない。生きるために生きるんだよ、僕たちは」
自ら死を選んじゃいけない。
そんなことはあり得る結末じゃない。
僕は本能的にその命の結末を嫌った。
「僕は決して自殺しないよ。何があっても。マーサ、一緒に咎人を狩りたいんだけどさ……僕の原罪を探すの、手伝ってくれない?」
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