【3】 ねぇ、あたしを出して!
あたしの名前はミント。少し前まで飼ってくれていた飼い主が、つけてくれた名前。何でもあたしが、ミントみたいにいい匂いがするからなんだって。
ところがね、あたし、その飼い主には最近捨てられてしまったの。とってもいい飼い主だったんだけど、まぁ、あたしは、野良のほうが気楽でいいから、別にいいわ。
ある⽇、あたし、⾷料にありつけなくて、死にそうになっていたのよね。そこを拾ってくれたのが、新しい飼い主の「トムおじいさん」だったってわけ。
あたしは衰弱(すいじゃく)しきっていたから、しばらくの間は、家の中で飼われて、おじいさんに介抱(かいほう)されたわ。
ちょっと元気になってきたあたしは、⼩屋に⼊れられたんだけど、
あたしの体には、あまりにも⼩さな⼩屋だったし、しかもあたしはその時、発情期で興奮気味だったのよね。だから、⼩屋の外で暴れていたの。
でも、鎖でしっかり繋(つな)がれているから、いくらもがいても脱出できないのよね。⼤声で、
「放せぇ!放しなさいよぉ!」
って叫び続けたけど、⾔葉が通じないのか、なんか逆におじいさんに「わぁわぁ」わめき散らされてしまってね。
仕⽅がないから、シュンとして、おとなしくしていたら、なんか知らないけど、2週間後には、その⼩屋からは出してもらえて、少し⼤きめの⼩屋に移してもらえたの。
そのころには興奮状態は、もうおさまっていたわ。
ある時、
「なんか寂しいから、話し相⼿がほしいなぁ。」
って思ってたら、いいタイミングで、おじいさんがやってきたのよね。喜んで話しかけてみると、ものの1分も経たないうちに、おじいさんは去っていくのよ。
「えー、もう終わりなのぉ?」
ってあっけにとられてしまったわ。その後もおじいさんは、私のところに来てはくれるんだけど、やっぱり1分もしないうちに、⽴ち去ってしまうのね。
「これはなんとかしないと、伝えたいことが何も伝えられないわ。」
って思ったあたしは、前の飼い主が教えてくれた「お⼿」「伏せ」「お座り」みたいな、ジェスチャーを使うことにしたのよね。
そうしたら、⾔いたいことは、少しは伝わってる感じだったわ。
ご飯に関しても問題があったわ。⾼価なドッグフードを出してくれてるようなんだけど、あたしの体には合わなくて、⾷べた後、体が気持ち悪いのよね。
それで、ジェスチャーを使って、⾷べたくない意思を伝えたら、別のドッグフードに変えてはくれるんだけど、やっぱりあたしの体には、合わないのよね。
しかも、おじいさんはあたしに、半ば無理やり⾷べさせようとするのよ。
「これは、たまったもんじゃないわ!」
って思ったけど、少しマシなドッグフードに当たったときに、それでおいしい「ふり」をして、妥協(だきょう)することにしたのよね。
いずれ、トムおじいさんから解放されることを祈って。
それから、散歩。散歩するときは、あたしは、よその家のワンちゃんとも交流して、仲良くしたいのに、
よその家のワンちゃんに出会うと、おじいさんはリードを引っ張って、あたしを近づけないようにしてしまうのよね。
せめて、隣の家のネコちゃんが、⼩屋に遊びに来てくれたらよかったんだけど、
うちの庭に誰かが侵⼊すると、なんかものすごい⾳が鳴るから、ネコちゃんは⼊って来れないのよね。
だから、あたしはいっつも孤独だったわ。よその家のワンちゃんが、うらやましくて仕⽅がなかったのよ。
それから、散歩⾃体も、本当はゆっくりしたいときに限って、⻑時間連れ回されたり、歩きたいときに⾛らされたりしたわ。
それから、あたしはそんなに毎⽇びっしり、散歩しなくても⼤丈夫なタチなのに、なんか時間割に組まれているかのように、
毎⽇決まった時間に、しかも同じルートで散歩させられるのよね。いい加減あきあきしちゃうし、何気に疲れるのよね。
こんな感じのみじめな⽇々を送っていて、あたしは絶望感に打ちひしがれていたわ。もう⼀⽣、おじいさんからは逃れられないのかしら。
そう思っていたある⽇のこと、何を思ったのかおじいさんは、あたしを、鎖の呪縛(じゅばく)から解き放してくれたの。
「ミント、家の敷地内なら、今後は⾃由に動き回っていいぞ。」
どうやらそういう感じのことを、⾔っているみたい。あたしは「⾜」放しで喜んで、庭を駆けずり回っていたわ。
でも、ほかの部分、「会話が1分」とか「ドッグフードの問題」とか「孤独の問題」とか、その辺は以前と、全く変わらずだったのよね。
「これではかえって⽣殺しだわ。」
そう思ったあたしは、ある計画を⽴てたの。
「確か、明⽇の⼟曜⽇は、おじいさんは、あたしの⼣⾷を出したあとに、出かけるはず。その隙(すき)をねらって、脱⾛するのよ!」
そして、その計画は⾒事成功して、あたしは⾃由の⾝になるの。
「でも、もし探しだされて⾒つかったら、ただじゃ 済まないでしょうね。」
そうは思ったものの、それ以上にあたしは、1⽇でいいから、外の世界で、⾃由というものを味わいたかったのね。
翌朝、あたしは覚悟を決めて、素直におじいさんのもとへ、帰ってきたの。
おじいさんは、あたしを罵倒(ばとう)するのか、と思ったら、逆にあたしをそっと追い出そうするのよ。それも憎しみではなく愛情のこもった眼で。
あたしはおじいさんのことを、⼤きく誤解していたのかも。
ここからは想像でしかないけど、おじいさんはあたしが⼗分に落ち着いたら、もともと野に返すつもりでいたのかもしれない。
あたしが、本来は野良を好むのだ、ということも、⾒抜かれていたのかもしれない。
やり⽅は不器⽤だったけど、これまでのすべてが、おじいさんなりのやさしさ、愛情だったのかもしれないってことね。
あたしは感謝とやりきれなさの混じった複雑な思いで、おじいさんのもとを永久に去って行ったの。
おじいさんの思いに応(こた)えるためにも、これからあたしは⾃由を満喫(まんきつ)するわ!
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