【2】 OH, BENTO!

 あたし、吉村茉奈(まな)は今、とある「職業訓練校」に通っている。


 しかも普通の職業訓練校とは違って、ここに来ている⼈たちは、みんな「理由(わけ)あり」の、⼀般社会のレールからはみ出た⼈たちの集まりなのだ。


 あたしも含めてそんな⼈たちが、再びそのレールに乗ることができるようになるための訓練を、⽇々受けているのである。




 あたしの「理由(わけ)あり」だが、あたしは実は、つい最近まで「医療少年院」に収監されていた。


「若気(わかげ)の⾄り」というやつで、ちょっとした「法に触れる⾏為」をしてしまったのである。しかも、精神⾯に問題がある、と診断されていた。


 あたしは、職員の⽅々の懸命の教育の末、なんとか更⽣し、治療の⽅も⼗分進んだということで、この度、釈放されることになったのである。


 そして、年齢的に、社会に出る年ごろになっていたため、この「職業訓練校」を紹介されたのだ。




 この訓練校では、お弁当の製造・販売、及びそれに伴う営業・事務などの仕事を通して、社会性を⾝に付けていく。


 あたしはここにいる間、⼀通りすべての仕事に携(たずさ)わり、特に「店頭販売」と「営業」の仕事では、その真価を発揮した。


 例えば、店舗のバックヤードでは、お弁当に貼るさまざまなシールを管理する雑務があるのだが、


 その管理が現状のシステムでは、非常に煩雑(はんざつ)になってしまうのであった。


 それをあたしは、パソコンを⽤いた、より効率的なシステムに変えたのである。


 営業の⽅は、ある⽇、こんなことがあった。


 あたしはとある企業に営業をかけたのだが、その企業から後⽇、毎⽇50⾷の注⽂をいただいたのである。


 製造担当の⼈たちの負担は、かなり⼤きくなるが、ちょうど新しい⼈が、数⼈⼊ってきてくれたおかげで、なんとか無事納品できた。


 年度末には、所⻑から表彰され、あたしは表彰状と、かなり⾼額の商品券をいただいた。





 そんな⽇々を2年くらい続け、もう少しで、いよいよ社会に出られるというところで、あたしは挫折(ざせつ)してしまった。


 ⼀種のスランプだと思うが、訓練所をしばしば休むようになったのである。せっかくここまで頑張ってきた努⼒が、⽔泡に帰(き)すのか?


 そんな中、次のような「事件」が起こった。




 ある⽇のこと、本らしきものが⼊っている「⼩包」が、あたしのもとに送られて来た。差出⼈を⾒てみると、全く知らない名前が書いてあった。


「怪しい!」


 と思いながらも、封を開けてみると、どうやら著者本⼈が、ボランティアとプロモーションを兼ねて、「ランダムで」送ってきているようだ。


「ますます怪しい!」


 と思いながらも、ついつい目を通してしまったのだが、


「常識から外れたとんでもないこと」


 が書いてあったのである。


「なによ、これ!」


 とあたしは⾒向きもせず、本は即、ゴミ箱⾏きとなった。




 のちの⽇のこと、残っていたお⾦も、なくなりつつあったあたしは、お⾦に困って途⽅に暮れていたのだが、なぜか図書館に⾏ってみたくなって、⼿に取った本がある。


「君にも叶えられる! ★絶対楽勝の⼈⽣★」


 というタイトルだったが、


「そんなのあるなら困らないわよ。」


 と思いながら著者名を⾒てみると、例の「常識外れ」の本の著者だった。⼀瞬、ピクっと顔がひきつったが、この時はなぜか、読んでみようという気になった。


 借りて持ち帰って読んでみたら、あたしは本の内容にぐいぐい引き込まれていった。そしてついに、あたしのこころに、⼤⾰命が起こったのである。


 失っていた「労働意欲と⾃信」をすっかり取り戻し、あたしは決⼼がついた。


 あたしは、たとえどうなろうと、もう⼀か⼋か就職にかけてみよう、という気になったのである。





 ある⽇の晩、ラジオをかけながら、⾃宅でインターネットの求⼈をみたり、電話で⾯接の約束を取り付けたりしていると、


 ラジオから、こんなニュースが⾶び込んできた。


 都⼼部で「放⽕殺⼈事件」があり、その犯⼈は「こころの病」を抱える⼈だったのだという。


 報道では、あたかも事件を起こした原因が、「こころの病」のせいであるかのように描かれていた。


 あたしは聴いていてものすごく不愉快になった。


「こころの病」を患っていても、ちゃんとしている⼈はちゃんとしているし、患っていなくても罪を犯す⼈は犯す。


 関係のない、ほかの「こころの病」を患っている⼈まで、⼀緒にくくってしまうような報道はやめてほしいと思った。


 しかし、世間がこんな様⼦だと、あたしたち「理由(わけ)あり」の⼈がまじめに頑張って、社会に出ようとしても、やる気がそがれる。


 例えば、仕事がちゃんとできなかったり、ミスをしたりしたら、


「ああ、所詮(しょせん)、《前科者》だな。」


 という⾒⽅をされてしまい、ひどいケースでは、それが原因で、いじめが横⾏することにもなるだろう。


 そんなことを考えていると、あたしは世間が⼤変「怖い」ところなんだと思うようになり、就職へと踏み出せなくなってしまったのである。





 これから、どうしていくのか、あたしはまだ決めかねている。もはや普通に就職する気にはなれない。


 噂(うわさ)では、「理由(わけ)あり」の⼈たちを積極的に採⽤し、


 従業員のほとんどを、「理由あり」の⼈たちだけで固めて、商売をしているような企業も、あるにはあるらしい。


 しかし、普通に探していても、そういうところにたどり着くのは、浜の中の真砂(まさご)を探し出すようなものだ。


 でも、聞くところによると、訓練所に頼めば、「理由あり」の⼈たちの就職を、サポートしてくれるような機関を、紹介してもらえるらしい。


 まずはその機関に顔を出してみよう。何かあたしに最適な道が、⾒つかるかもしれない。


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