遭遇と出会い
――外は暗く、道に点々とある街灯と満天の星の光が辺りを照らしていた。
「あぁ…きれいだな」
外に出た少年から思わずこぼれた感想だった。
ただでさえこの時間の空なんて見たことがない上、視界を遮るものはほとんどなく、満天の星と大きな月が包み込んでいるのだ。
夜空なんてまじまじと見たことがなかった少年には、その光景はとても幻想的に映った。
――もっとも、少年が体験している事象こそ幻想そのものではあるのだが。
しばらくその光景に見惚れる少年だったが、月がわずかに動く様を見て、こうしている間にも時間が流れていることを思い出す。
そういえば興奮のあまり時間を確認していなかった。もしかしたら、あと1、2時間ほどで夜が明けてしまうかもしれない。
「こんなことしてる場合じゃないな…」
誰にも邪魔されず、静寂のなか高所から見る夜空は普通では見れない絶景だ。
それでも、幽体離脱という体験が次もできるかわからない中、この絶景で満足するのはあまりにもったいない。
幻想的な夜空に感動しつつも、今しか満たせないであろう好奇心を満たすため、少年は夜空から視線を落とし、周囲を探索することにした。
スピードこそ通常の全力疾走程度が限界だが、自分の思うがままにある程度自由な高度で飛べたため、家の屋根が見下ろせる高度で自由気ままに移動していた。普通に全力疾走したら起きる疲労もまったくない。
普段見上げていた建物のほとんどは屋根だけが見え、見慣れたはずの道はすぐさま通り過ぎ、今まで見てきた景色とは全く違うものが少年の目に映っていた。
おそらく電柱の上を飛ぶ鳥は、こんな景色を毎日見ているんだろうか。移動速度も相まってかなり広い範囲をこうして見下ろせるのは楽しい。
それに、結構なスピードで移動しているのにもかかわらず、実体がないためか風は自分の体を通り抜け、全く冷たさを感じない。非常に快適だ。
少年は楽しくなってきて、大きな声を出してはしゃぐ。
「やべぇ!楽しすぎ!!どこまで行こうかな!」
はしゃぐ少年は、自由気ままに町の中を飛びまわった。
しかしはしゃぎまわる少年の視界に、不意に見たことのない物体が映った。
「ん?なんだ?」
距離が離れているためはっきりとはわからないが、かなり大きく見える。よく見るとクジラの形をしている。それに生きているかのように、ゆったりと動いている。
「…?…あ!クジラも幽体離脱するんだ!?ちょっと近づいてみるか!」
その物体が何なのか理解できず、少し考える少年であったが、少し考えた末にその正体が幽体離脱したクジラであると思い至った少年は、好奇心に駆り立てられそのクジラに近づいてみることにした。
近くで見ると自分と同じく、体がわずかに透けて見える。また、その姿は自分よりも遥かに大きく、力強さを感じる。
「すげぇ!でっけぇ…!」
水族館でも実現できないほど間近で見るクジラの大きな姿に少年は、感動して思わず声を上げていた。
「――ヴォォォ…!!」
突如、クジラが大きな声で鳴く。その声は、周囲の空気を震わせていると錯覚するほどに大きく、衝撃的だった。
「うぉっ!?おぉっ…!」
あまりの音量に、少年は驚きの声を漏らす。
クジラは警戒しているのか、周囲を見渡しながらその巨体を動かす。
(やべっ!驚かせちゃったかな…?)
周囲を見渡すクジラの動きを見た少年は、声を抑えその場を離れようと急いで移動することにした。
しかし、移動しようと上昇した少年の姿は、周囲を見渡すクジラの目にはっきりと映ってしまう。
「ヴォォォォォ!!!!」
動く物体を見て興奮したクジラは、さらに大きな雄たけびをあげると少年めがけてその巨体で迫って来た。
「わっ!うわぁぁぁ!!!」
巨体が迫ってきていることに気づいた少年は、思わず驚きの声を出しつつもクジラから逃げようとスピードを上げて上空に逃げる。
しかし、クジラはさらにスピードを上げて少年を追いかけてくる。そのスピードはわずかに少年よりも早い。
(やばいっ!このままだと逃げても追いつかれるっ!)
空に逃げることに危険を感じた少年は、旋回しながら高度を落とし、建物をすり抜けることでクジラの視界から逃げようとする。
しかし、まるで少年の位置が分かっているかのように、クジラは徐々に距離を詰めながら少年に迫ってくる。
「ヴォォォォォォォ!!!」
「うわぁぁぁぁっっ!!」
雄たけびをあげながら、さらに距離を詰めてくるクジラから、少年は叫び声を上げ必死に逃げる。
しかし、その距離はさらに詰まっていき、もうまもなく追いつかれそうな距離まで巨体が迫っていた。
「もうだめだぁっ!!」
そう思い、恐怖のあまり思わず目をつぶる少年。
そして、もう間もなく巨体が少年を飲み込まんとする刹那―。
パンッ――。
「ヴォォォ…!!」
小さな音が一瞬聞こえたかと思うと、クジラが雄たけびをあげた。来るはずの衝撃が来ないことに違和感を覚えた少年は、おそるおそる目を開ける。
「え?」
周囲は霧のようなものに包まれていた。
クジラは少年が見えていないのか、見失った少年を探すように暴れている。
「…こっち!」
何が起きているか事態を飲み込めず、戸惑う少年の耳に女性らしき小声が聞こえたかと思うと、手を強く引っ張られた。
「うぉっ…!」
急に手を引っ張られ思わず声が漏れる。幸いにもクジラは気づいてない様子だ。
少し安堵しつつ、引っ張られた方に目をやると、こちらには目もくれずに、手を引き何処かへ向かう女性がいた。
何がなんだか分からない少年は、目の前の女性を観察する。
身長は少年とさほど変わらないくらいだろうか。わずかに女性の方が高く見える。
後ろ姿のため顔は見えないが、黒い髪が肩甲骨あたりまで伸びている。その髪は、綺麗に整えられており、光が当たると綺麗な輪っかができる。
服装は、黒いスーツでスラッとしたスーツパンツを履いている。腰にはホルスターがあり、拳銃のようなものが納まっている。整ったスタイルをしており、その見た目は何処かのエージェントを思わせる。
エージェント風の服装に少し緊張を感じる少年だったが、助けてもらったお礼を言うのと、今の状況と目的地を聞き出そうと、おそるおそる口を開く。
「あ、あの…」
「黙って付いてきて」
少年の言葉は、女性の少し強めの口調によってさえぎられた。
その際、わずかに少年の方を向く女性。その横顔は月明かりに照らされ、はっきり少年の目に映る。
眉毛は整えられ、目は少し細くキリッとしている。
肌は、たまごに目鼻と言わんばかりに綺麗な白さで、全体的に整った顔立ちだ。化粧はしているか分からないが、かなり自然な感じだ。
月明かりに照らされた女性の顔は、とても美しく見えた。
こちらの視線に気づいたのか、「何か?」と言わんばかりにこちらの顔を見てくる。
その美しい顔立ちに見惚れつつも、こちらの顔を見られていることに恥ずかしさを覚え、咄嗟に目を逸らす。すると、視界の端にクジラが映った。
いつの間にか霧のようなものは晴れており、クジラはこちらを探すように辺りを見渡していた。
おそらく声を聞かれれば、こちらに気づいてまた襲って来るであろう。依然として危険な状態であることを悟った少年は、少し冷静になる。
女性の方に向き返り、「何でもない」と言うように首を横に振る。
兎にも角にも逃げることが最優先である今、あれこれ聞く余裕もないので、黙って女性に付いていくことにした――。
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