ユウタイリダツ

夢野ハカバ

幽体離脱

 ――ふと目が覚める。


 少年の視界に、まず映るのは見慣れた部屋の窓。視界の端を枕が覆う。窓の暗さからして深夜だろうか?


 少し気怠い。とりあえず時間を見ようと体を動かす。が、動くはずだった体は時間が止まったかのようにピクリともしない。


 ――なんだ?


 体が動かなかったことに疑問を感じつつも、もう一度動こうとする。しかし、体が動く気配はなく、疑問は焦りへと変わっていく。


(どうなってんだよ!)


 もしかして、手足が縛られでもしているのかと思ったが、首や目線すらも動かすことはできず、何が起こっているか確認することもできない。

 それでも無理やり体を動かそうと、力を込め藻掻いてみる。しかし、どれだけ力を込めようとしても体は硬直を保ったままでまったく動かせずにいた。


 徐々に焦りが募る一方で、ふと背後が気になる。本来この部屋に入ってくるとしたら家族の誰かしかいないはずなので、無防備な背中を晒していたところで何も危険はない。

 しかし、体がまったく動かないという異常事態が、どのようなことが起きてもおかしくないと疑心暗鬼にさせる。身動きも取れない今の状態では、何が起きても逃げることすらできない。

 いつしか何かが背後に居るような錯覚に陥り、焦りは恐怖になっていた。


「…っ!っ!!」


 パニックに陥った少年が、恐怖のあまり助けを求めて声を出そうとするが、口を動かすこともできない。それでもこの状況から抜け出そうと、全身に力を込めて必死に体を動かそうとする。


(くそっ!動けよっ!!)


 少年の意志とは裏腹に、体は硬直を保ったままだった。それでもとにかくこの状況から逃れたくて、パニック状態の中全力で藻掻き続けた。


 ―—どれくらい時間が経っただろうか、体が急に軽くなった。

 全身に力を込めていた反動で少年の体は大きく暴れ、ベッドのヘッドボードに思いっきり手をぶつけてしまう。しかし、手に来るはずの痛みが来ないどころかヘッドボードを手がすり抜けたように見えた。


「――え?」


 予想外のことに思わず声が出る。何が起きているか確認するため、今度は思いっきりぶつけてみる。しかし、手はまたもやヘッドボードをすり抜けたのだ。


(何が起こってる?)


 今起きていることを確認するため、ベッドのいろんな場所を何回も叩いてみる。しかし、いずれも触れた感触はなく、手はあらゆる物体をすり抜けていた。

 何が起こっているのか…?少年は解明しようと思考を巡らせる。


(なんですり抜けるんだ?…もしかして…!?)


 ――超能力。先ほどまでパニックになっていた少年の頭にふと思い浮かんだ単語。何が起きているかよくわからないが、今起きている事象を説明する上で少年が一番腑に落ちる単語だった。


「もしかして超能力に目覚めたとか!?」


 超能力なんて信じてこなかったが、あったらいいのに…などと常日頃考えていた少年は、超能力と思わしき超常現象を前に、一気に興奮状態となり深夜であることも忘れ、大声を出しながら部屋の物や壁をすり抜けてはしゃぐ。

 しかし、はしゃぐ少年の視線の先に、ふと奇妙なものが映る。そこにはベッドの上に背中を向け寝ている自分と思わしき人物がいたのだ。


「…あ?」


 予想もしていなかった奇妙な光景に無意識に声が出る。

 今起きていることが、超能力なんて簡単な単語では説明できないことを理解し、冷静さを取り戻す。


 落ち着いてベッド上の人物を観察してみる。寝相によるものなのか髪が跳ねてはいるが、そこにいるのはどう見ても自分にしか見えない。


(…どうなってんだ?)


 ベッドにいる自分に疑問を抱いた少年は、おそるおそるベッドへと近づいてみる。後ろからで顔が見えないが、背丈やパジャマを見るに自分にしか見えない。念のため正面に回り顔を見てみるが、そこにいるのは紛れもない自分自身であった。


 何が起きているか理解できない少年は、今いる自分は何者なのかと思い、自分の手を見てみる。袖の柄からしてベッドで寝ている自分と同じパジャマを着ている。それと、なんとなくだが手が透けて見える気がする。

 なぜ自分がもう一人いるのか?なぜ自分の手が透けているのか…?理解ができない。思考を巡らせた末に一つの結論にたどり着く。


 ――死んで幽霊になってしまった。


 信じたくないことではあるが、それが今起きていることから少年が納得できる事象だった。

 そういえばさっき大声を出したのに家にいるはずの家族は誰一人怒鳴りこんでこないし、声に気づいた気配が全くない。

 もし幽霊になったのだとしたら、いくら声を出しても周りに聞こえないことも納得できる。

 考えれば考えるほど幽霊になってしまったとすると説明がついてしまう。

 本当に幽霊になってしまったのかと、もう一度寝ている自分をまじまじと観察してみる。ベッド上の自分は特に外傷はなく、すやすやと寝息を立てている。間違いなく生きている。


(どういうことだ…?っ!もしかしてっ!?)


 何が起きているか考える少年がふと思い出したのは、いつかテレビで見たとある現象。それは――。


「幽体離脱だ!」


 ――幽体離脱。たしか、体から意識や魂が抜け出して自由に動き回ることができるようになるという現象だ。テレビでは、オカルトとして面白おかしく取り上げられ、まったく信じるような内容ではなかった。

しかし、体が透け、自由に動ける自分がいる一方で、寝ているもう一人の自分がいる、という今の状況を説明する上で、幽体離脱はもっとも納得がいく現象だ。

 自分に起きている事態に納得できる解答を得た少年は、今自分の身に起きている非現実的な事象も相まって再度興奮した。


「すげぇ!!」


 もはや声を抑える必要もなくなった少年は声を出し、興奮していた。そして少年は、次にあることを検証するため思いっきりジャンプしてみる。


「お?やっぱりできる!」


 ジャンプした少年の体は、床に着地することなく浮いていた。少年の思っていた通りだった。


「やべぇ!!これなんでもできるんじゃね!?」


 興奮した少年は、今の体で何ができるか試そうと自由に動き回ってみる。

 理屈は少年にはさっぱりわからなかったが、浮いてみたり地面に降りてみたり、飛びまわったりと思うがままに動くことができた。


「やばい!めっちゃ楽しいっ!」

 

 自由に動き回れることを確認した少年は、さらに興奮してさらなる刺激を求めた。


 ――そうだ、外に出よう!

 さらなる刺激を求めてそう思い至った少年は、体を浮遊させたまま家の壁をすり抜け、家の外へと冒険に行くのだった―—。



 

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