第2話「ジークフリート:ヤマト支部②」
帰ってきた竜姫はゆっくりとした歩みながらも迷わず喫煙所へと向かう。
しかしそれも梅澤からしたら慣れたもの。
梅澤は入り口をくぐるとすぐに竜姫とは反対の方へと進んでいった。
任務を終えてその報告をする為だ。
梅澤は一人で支部長の元へと向かっていく。
経路は分かりやすく、支部に一つだけあるエレベーターの三階。
その最奥にあるシンプルな扉。
梅澤は二回ノックすると会釈と共に入室した。
支部長室は厳かな雰囲気で入るだけで緊張感が走る。
「……任務を終えたか。梅澤」
支部長室の真ん中で構えるのはこのヤマト支部の支部長“
現日本の最高権力者。
しかし梅澤の少し怪訝な表情は竜姫に向ける表情とは違う。
少なくとも仲睦まじい雰囲気は感じ取れない。
梅澤は冷静な態度で答えた。
「はい。小型種の“エンジンラプトル”が二十体。数は多かったですが特に苦戦しませんでしたし近くの居住エリアも無事だったようです」
淡々と語る梅澤。
しかし佐々木は眉を細める。
「桜木がいて苦戦する事などそもそもない。そんな事よりも居住エリアにいた政治家に怪我は無かったか。」
佐々木が気にするのは位の高い政治家の安否。
梅澤は一瞬だけ顔を歪めるがすぐに冷静な表情で解答した。
「……はい。怪我はなく内部エリアに帰宅できたようです」
「そうか。ならば良い。下がれ」
佐々木の言葉に梅澤は一回だけ頭を下げると足早に支部長室を後にした。
煙をぷかぷかと吹かして短くなったタバコを灰皿に押し付ける。
満足気に喫煙室を出ると不機嫌な顔の梅澤が待っていた。
理由は分かっている為竜姫は敢えてにこりと笑顔で対応する。
だが梅澤は不機嫌な顔で返した。
「いつも任務後に俺に全部任せやがって」
「はははは。あたし嫌われてっし行った方が長引くと思うけどね」
竜姫がケラケラと笑うと梅澤も諦めたように大きくため息をついた。
このヤマト支部は現代の日本国そのものであり、様々な立場の人が生きている。
主に一般の国民は巨大な壁付近に居住し、政治家などのいわゆる“上級国民”が支部の地下居住エリアに住んでいる。
本来ならば最盛期の頃の名残などあろうはずもない。
しかし現支部長の佐々木の意向もあってか数少ない国民には確かな“差”が生まれていた。
その差を生むのは純粋な金銭的な裕福さだ。
分かりやすく金銭的な余裕のない者は壁際に追いやられる。
壁と言ってもドラゴンは空を飛ぶ生物。
どれだけ大きな壁でも時折侵入されてしまう危険性があるのだ。
そしてそれを護る者達も数が限られている。
竜姫や梅澤の所属するヤマト支部は戦闘員が先述の二人と支部長の佐々木を含めて計七人。
他国の支部と比べても決して多いとは言えない。
何よりドラゴンは現在何体いるか分からないほどの総数なのだ。
それをたった七人で一国分護るというのだから正気ではない。
苛つきを隠せない梅澤の肩を組むようにして竜姫は出入口へと引っ張っていく。
「まぁまぁいーじゃん。どうせあのおっさん達いっつもあんな感じよ」
「はぁ……ストレスが溜まる」
竜姫と梅澤は
壁際居住エリアの貧民街“カブキ街”。
その少し裏へ入った所にある年季の入った飲食店。
“みますや”はカブキ街出身の竜姫と梅澤にとっての心落ち着かせられる場所だ。
「いやぁ……ここは相変わらず古いなぁ」
「……テメェも相変わらずクソ生意気だな」
初手からご挨拶な言い方で話す竜姫に負けない口の悪さで返す“みますや”の店主。
白髪で歳を感じる風貌ながらその腕などには歴史を感じる強さがある。
「どっちも口が悪い。静かにメシを食わしてくれよ桂さん」
“みますや”店主“
互いに口の悪い会話をするが仲の良さゆえ。
心配しているからこその関係性なのだ。
「そもそもテメェはまだ未成年だろうがガキが」
桂は小さい小鉢を竜姫の前に置く。
竜姫は美味しそうに小鉢のほうれん草を頬張った。
「まぁいーじゃん。飲酒喫煙の法律なんて百年前までだろ」
「そんな事もないがな」
二十歳を既に迎えている梅澤はお猪口に入った日本酒を喉に通す。
人類の文明はドラゴンの登場で数年分止まり、少し戻ったほどだったが飲食に関してだけはすぐに文化を取り戻した。
特に日本の飲食物は世界でも大幅に進んだ。
貧民街であるカブキ街の小さな飲食店でもそれなりの物を用意できるほどには日本は進んでいると言える。
少し飲み進めた竜姫と梅澤。
しかし全く酔いは回っておらず二人の様子は全く変わっていない。
いつもの事だが梅澤はここから愚痴が始まる。
「…………何でいつも奴らは国民を蔑ろにするんだ…!」
「まぁねぇ……金が大事なおっさん共だからなー」
「テメェは何で酔わねぇ癖に愚痴が始まんだよ」
梅澤は毎度酔わないながらここで日々のストレスを解放していく。
当然竜姫も酔う事はないがここで梅澤の愚痴を聞くのが好きなのだ。
二人は酔う事がない。
というよりジークフリートの隊員は誰一人として酒に酔う事はない。
それは戦闘員になる時に全員が摂取する物が原因なのだ───。
と、その時大きな甲高い音が街のスピーカーから響き渡る。
『北部地区方面にドラゴン接近───中型種を複数確認。至急戦闘員は待機隊員を除き現場に直行せよ。繰り返す────』
スピーカーからの指令を聞くやいなや足早に二人はお金を置いて店を出た。
「ほんじゃあまた来るよおっちゃん」
「行くぞタツキ」
尋常でない速度を出して二人は武器を手にとって向かっていった。
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