第2話 メサイアコンプレックス
「次のシングル、センターは橘です。そして、橘から報告があります」
事務所の所長であり、私たちのプロデューサーの佐伯さんがそう告げる。
事務所の会議室──あの時だった。
みんなの座っている場所も服も全て同じだ。
本当に戻って来たのか……?
千尋さんが立ち上がった。意を決した、強張った表情。
「次のシングルの活動で並木橋を卒業します。そして、芸能活動を──」
あの時はただ黙っていることしかできなかった。だから、今度は思いの丈をぶつけたかった。
「卒業……しないで下さい!」
「黒木、落ち着け。橘だってしっかり考えた上で決断したんだから」
佐伯さんの優しい声。
「みんなは千尋さんが卒業しちゃっていいんですか!」
誰も応えてくれない。千尋さんが私を真っ直ぐと見つめる。
「ごめんね、花香ちゃん。でも、もう決めたから」
決然とした瞳だった。
やり切れない思いと共にミーティングを終えると、先輩や同期のメンバーたちが寄ってきた。優しい慰めの言葉が私の心を素通りしていく。
周囲が光に包まれていく。
波のように光が去って行くと、私はソファに座ったままだった。
こめかみに手を伸ばすと、着けていた黒いコインは消えていた。しかし、目の前封筒が夢ではないと物語る。
スマホにメッセージが来ていた。千尋さんからだった。
≪今度のライブ、花香ちゃんに色々やってもらって嬉しいよ。忙しいと思うけど一緒に頑張ろう。
みんなに卒業すること伝えた時に必死になって止めてくれたこと、すごく嬉しかった≫
千尋さんは今度のライブで卒業を発表する予定だ。だが、それよりも……。
リプレイした内容が反映されている……?
★☆★
私の並木橋での行動がなんらかの条件を満たすと、ゲームのように実績が解除される。その度にどこかからリプレイマシンが送られた。
過去に戻り、何度も千尋さんがここに残る理由を作ろうとした。
積極的な行動を残したせいか、私は千尋さんの卒業シングルで、彼女の隣のポジションに収まっていた。
私は必死だった。千尋さんがいなくなってしまったら私は心の支えを失ってしまうから。
並木橋に入る前、私に彼氏がいたことがSNS上で暴露され、すぐに炎上した。剥き出しの冷たいナイフで斬りつけられる心の痛みが私を拒絶した。
声を上げてくれたのが千尋さんだった。
「黒木さんはたった一人の彼女として人生を全力で生きていた。だから、恋だってする。誰もそれを咎められない」
私に襲いかかる何倍もの悪意が千尋さんを飲み込んだ。それでも彼女は毅然として私の前に立ち続けてきた。
それから、千尋さんは私を妹のように気にかけてくれるようになった。
いつだって、あの背中に救われてきた。
★☆★
ライブまで2週間というタイミングで、千尋さんが半グレと付き合っていると週刊誌が報道した。黒い繋がりにネットは大炎上していた。
きっかけは1年ほど前の対談企画だという。千尋さんがベンチャー企業の社長に成功の秘訣を聞くというものだった。その企業が半グレと繋がっていたというのだ。
同期で集まって話をした。みんなが肩を寄せ合う。
「どうなっちゃうのかな、黒木さん。それに、並木橋も……」
この2年、苦しみも喜びも共にしてきた仲間だ。それまでの人生で居場所のなかった子もいる。ここでやっと花開いたんだ。
この子たちのことも守りたい。
それなのに、実績の解除は滞っていた。リプレイマシンは残りひとつだけ。
それでも、千尋さんのため、並木橋のために、過去に飛んだ。
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