07 椅子取りゲーム(1)
教室の前の方、廊下側の席が"一番"だとすれば、その後ろが二番、三番、四番……折り返して、二列目、前から五番、六番……――
そういう風に数えると、エナガの席は"十一番"ということになる。
エナガのイメージだと、席順というのは即ち出席番号順、名前の五十音順から来るもの――なのだが。
一番の席に座っているのは銀髪の妖精トワシマ・カザキこと"ハナちゃん"。
その後ろで「万歳」の格好をしているのは、何かと思えばマネキンだった。
三番目の席には教師の前であるにもかかわらず、自分の爪にマニキュアを塗っているギャルっぽい態度の少女。アジア系の顔立ちだが、どうやらニホン人ではないようだ。
そして呆然と突っ立っているエナガのすぐそば、四番目の席に座っているのが、エナガの旧知にして記憶喪失の桐埼カアヤだ。
間違いなく、ここは昨日も半日過ごした、エナガの
……マネキンはなかったが。
「アナタとは初対面ですね。
「あ、はい、どうも……。桐埼、エナガ、です……?」
エナガの席に座っていたのは、黒い髪をストレートにした、清楚な印象の少女だ。
「どうやら、何か手違いがあったようですね。実は、ここはワタシの席なんです。出席番号"十一番"。ワタシ、ニカガミ」
「?」
子どもに言い含めるような、外国人相手に丁寧なニホン語で話すような、そんな穏やかでゆったりした口調である。独特な間と雰囲気のある喋り方をする。
「察するに、ワタシが"留守"のあいだに、転校してきたアナタが、誤ってこの席を、空いていると認識したのでしょう」
「は、はあ……」
言われてみれば、確かに。でも、待てよ。いちおう、「空いてるから使っていい」とは言われたのだけど。
そちら、六番目の席に座る香月ミヤハを見れば、顔をしかめて"三番"を睨んでいた。マニキュアのにおいに不満があるのかもしれない。
「誰か、」
と、見かねた様子の女性教師が口を開いた。
エナガとしては、こっちの先生も初対面だ。昨日おととい担任をしていたあの人はどうしたのだろう。
「そこの石像なりマネキンなりを片付けて、桐埼さんの席を空けてください。……誰ですか、わざわざこんなモノを運んできた暇人は」
石像なり、マネキンなり。後者は先の通り、前者はエナガが物置きとして使っていた席、"十二番"に鎮座している。誰だっけ、確か、"
「マネキンはわたくしですけど、」
声を上げたのはなんと、いちばんこんなことしそうにない感じのお嬢様だった。
「あなた、確か風紀委員ですよね?
「万歳はさせてませんわ。あと、そこの
「……いや、ポーズはどうでもいいんですが。……はあ」
先生がため息をついた。エナガは少し、親近感を覚えた。
それはそうと。
(……なんだろう。新手のいじめなのかな、この状況……。なんで嫌がらせのために重労働するの? ……馬鹿なの?)
自分に非はないはずなのに、この上なくいたたまれない、この空気。この時間。
お嬢様の手をわずらわせるのも気が引けたので、エナガは石像の方を動かそうとした。
すると、元エナガの席に座っていた似各務リサが腰を上げた。
「アナタは、こちらをどうぞ」
と、元エナガの席を促す。
それから軽々と、見た目重そうな石膏像を持ち上げた。
「あ、ありがとう――」
なんだか後ろめたい気もしたし、別に席にそこまでこだわりはなかったのだけど、"昨日と同じ席"というのは安心感があって、実際座ってみるとかなり落ち着いた。
相変わらず前の席の楽器ケースが視界を遮っていて、黒板がだいぶ見づらいのだが。
と――
「そこな、うぬ」
声を発したのは、例の"三番"だ。
「ニカガミの。うぬじゃ」
「なんでしょう――
朱園さん――
立ち上がると、すらりと長い手足が視線を集める。スタイルもよく、制服もじゅうぶんに着こなしているように見えるが、どこか不釣り合い。彼女の美貌に、衣装がそぐわない、そうした印象があった。
美貌といえば、彼女は頭にカチューシャのようなものをつけていて、薄衣のベールのようなもので顔を覆っていた。表情は見えるが、はっきりとは分からない。
赤みがかった黒髪を上げて結って巻いていて、櫛で留めている――こういうのも"お団子"というのだろうか? エナガの
「"
「……どうして、でしょう?」
「いや、違うな。妾の席に座ると良い。――マクロ、お前の席を寄越せ」
突然の席替えタイムが始まった。
席替え、といえば、ちょっとしたワクワクドキドキが味わえるもの、らしい。
エナガが昔読んだ児童書によれば、そういうもののようだ。
しかし、この教室は違った。
マクロ――エナガの左側の席に座る少女が、何やら凶悪な笑みを浮かべた。
「寄越せ? 既にひとつ
「"ノウ無し"が。お前は妾の言う通りにしていればよい」
「あ……?」
空気最悪。
しかも、この対立は二者間だけのものでないようだ。
マクロと呼ばれた少女の背後――昨日は欠席していた黒マスクにツーテール、おまけにヘッドフォンをした影の薄い子が、"存在感"を出してきた。
左手で机に頬杖を突きながら、手袋をした右手の指先で机の表面を叩く。叩く。イライラしている、という意思表示なのか、それとも。
長めの前髪に隠れたその視線は、目の前のマクロに注がれている。
「わーったよ。ハイハイ移動しますー。……て、どこに?」
「"桐埼その2"の後ろじゃ」
……桐埼その2。
「"ムレ"、お前はそこな"エセ
――ムレ。
ガイコク語かと思えば、どうやらさっきのヘッドフォンの子の呼び名らしかった。十六番目の席の彼女が腰を上げると、色の抜けたツーテールが揺れた。
「え? 嫌デスよ?」
しかし、七番目の席に座る金髪の少女はこれを断固拒否。机に覆いかぶさり、しがみつくようにして席を離れまいという意思表示。
「"エセ"という自覚はあるようじゃの?」
「揚げ足取りデス!」
「なんでもよい、さっさと失せろ。それとも何か、聖女らしく死者の供養でもしているつもりかえ?」
……シ・シャ?
頭の中ですぐには漢字変換できなかった。やっと自分の席を取り戻してひと安心、といった感じだったエナガはくるくると周囲に顔を向ける。
なぜかは分からない。分からないが……。
(わたしを、取り囲もうとしてる……?)
どうやら"ムレ"という子も"マクロ"という子も、「朱園さん」の"
その現在進行形の状況も疑問だが、
(そういえば、ハナちゃんが何か――)
――あなたの前の席にいた男子、このあいだ"転校"したんですよ。
――正確には"隣"なんですけど。
隣。そして、死者。
エナガは自分の右隣を見た。
そこには、ゆるふわな金髪の上から"いわゆるシスター"が被っているような頭巾のようなものを載せている、西洋系の顔立ちをした少女が座っている。
『ナナシノ・マルコでーす。コンゴトモヨロシク』
と、初日に挨拶されたのを覚えている。友好的かと思えば、現在は「お前もワタシの席を奪うつもりか」みたいな、子を守る親ケモノ並みの敵意を剥き出し、エナガを睨んでいた。
エナガは苦笑しつつ、
(でも、"花瓶"があったのは、わたしの前の席……今、相条さんのいる――)
短絡的かもしれないが、考えをまとめてみる。
(このクラスで、誰か亡くなった……?)
机の上に置かれる花瓶――といえば、そういうイメージだ。
しかし問題は、どちらが先か、という点。
つまり、
この違いは大きい。
もし、前者なら――
("いのちをだいじに")
理想の生活を手放してでも、「撤退」という選択肢を見据えるべき、なのかも。
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