最終話 気持ち
運命の出会いまで1日と5時間27分。週末の土曜日、僕は一人で街を歩いていた。
『何でAIばかりに頼ってるの?』
彼女に言われた言葉が忘れられない。
だから、僕はAIを使わずに一日過ごしてみることにしたのだ。
AIと繋がるマイク機能を切って、映画館のある繁華街を歩く。こんなことは、親に連れられて歩いていた幼い頃以来だ。
よく知る商店街が知らない顔を見せても、AIの起動をグッと堪える。僕の頭の中の地図は、いつも行くお店以外虫食いだらけだ。ただ、意外なことにAIが作り出す地図なしでも道に迷うことはなかった。思ったより覚えているのだと分かって内心ホッとする。
慣れてきた僕は、曲がったことのない路地に入ったりもした。古本屋を見つけたときには、近年で一番興奮した気がする。調べたことがなかったので知らなかったが、僕らの暮らす街にも本を売る店があったのだ。とても買える値段ではないけれど、気になるタイトルを見つけて題名を頭の中にメモした。電子書籍なら手頃な価格で読むことができるだろう。
満足した僕は、喫茶店に入って一息つくことにした。
喫茶店を探しているときが一番AIを欲した気がする。喫茶店は何件か見つかったが、お店の雰囲気が分からないと入りづらい。目的の物だけ買って家に帰る生活だったので、そういった目利きができなかったのだ。
やっぱり、この店は落ち着くな。
結局、入ったのは彼女と利用したことのある映画館近くの喫茶店だ。失敗を恐れず新たな店を開拓するのは、未来の自分に任せようと思う。
僕は前にも注文したチーズケーキを食べながら、一人考える。
目的が決まっているのなら、AIで検索したほうが早いだろう。ゆとりがあるなら自分で探せば、思わぬ出会いもありそうだ。
AIを頑なに拒否するのも違う。必要な場面を見極めて、上手く使うことが大切なのだ。
分かっている。AIを使う者なら最初に習う当たり前のことだ。
それなのに、いつから僕の中のバランスが崩れていたのだろう。今日から、少しずつAIとの程よい距離感を探っていこうと思う。
では、【運命の出会いプログラム】は僕に必要だろうか?
そう考えたときに、どうしても彼女の顔が浮かんで消し去ることができなかった。少子化が進んだこの国には、必要なプログラムなのかもしれない。
でも、今の僕に必要だとは、とても思えない。
僕は喫茶店を出ると、歩きながら見つけていた花屋で花束を買って帰路についた。彼女に似合う花を選んだので贈るのに適した花なのかは分からない。家に帰ってからAIに確かめさせてしまったが、これは正しい使い方だと断言できる。
翌日の日曜日、僕は【運命の出会いプログラム】に従わずに過ごしていた。24時間をとっくに切ったカウントダウンの数字をタップすれば、運命の相手のプロフィールと出会いを果たす場所が指定されるだろう。
でも、僕が画面に触れることはない。
AIには従わず、彼女に告白しに行くからだ。上映が始まる一時間前から映画館の前で待っていれば、彼女はきっとやって来るだろう。
そして……
僕は彼女に花束を渡した。
泣きながら受け取る彼女は美しい。僕の告白に頷いてくれたときには、幸せすぎてどうにかなってしまいそうだった。
「あなたは【運命の出会いプログラム】を否定していたし、来てくれないんだと思ってた」
「えっ!?」
……
彼女は僕が自分の意志で選んだ、たった一人の大切な人だ。ただ、彼女がそれを運命と呼ぶなら、僕もそれで良い気がした。
終
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