ナギサの場合

第1話 映画館

 偶然に出会った二人が恋に落ちて結ばれる物語。初めて上映された100年前には、よくある話だと言われて不人気だったらしい。


 まぁ、確かにそのとおりだと思うけど、『よくある話』じゃなくて王道って言ってほしいな!


 私は二人のその後を描いたエンドロールを観ながら考える。この後も困難はあるかもしれないけれど、この二人なら乗り越えていけると思う。


 だって、自分で選んだ相手と未来を作っていけるのよ。私なら、どんなに大変だったとしても頑張っちゃう。

 

 スクリーンの中では普通のことだけど、私たちの世代からすれば夢のような世界だ。


 周囲が明るくなったので、私はさり気なく斜め後ろを伺いながら立ち上がる。今日は来ないのかと思っていたけど、ぎりぎりになって彼が入ってきたときには心が踊った。


 彼に気づかれたくて、前の方の席に座るようになってから半年以上が経っている。そんなことまでしているのに、映画に夢中な彼はきっと私の存在にすら気づいていない。


 同じ高校に通っている同級生がこの場にいるなんて、考えたこともないんじゃないかな。ちょっと、悲しい。


 私は俯きかけて思い直す。素敵な映画を見たのに暗くなるのはやめよう!


 自分の楽観的な性格は気に入っている。そのせいで、そのうち気づいてもらえるはずだからと声もかけられずにいることは一旦忘れよう。楽観的な人間でも行動力があるとは限らない。


 彼は今日も余韻に浸るようにスクリーンを見つめていた。今年観た映画の中では出来が良いから、いつもより現実に戻ってくるのが遅い気がする。


 私はクスリと笑って、売店へと向かった。



 お小遣いは少ないけど、良い映画を観ると、どうしてもパンフレットが欲しくなる。


 自由恋愛を推奨していない時代だもの。真面目な話、恋愛映画の上映が禁止される未来だってありうると思う。


 楽しめる時に楽しもう!


 それが最近の私の合言葉だ。前に見た映画のヒロインの受け売りなんだけど、今の私にピッタリな言葉だと思う。


 こんなふうに考えるようになったのは、現代の映画の上映数を調べたことがきっかけだ。AIが脚本を担当することの多い現代の映画には、恋愛映画が極端に少ないと気づいて驚いた。レイワ時代の本数を百とするなら、今は多くて五、六本くらいなの。普段から触れることのないジャンルは、やっぱり衰退しやすいんだと思う。


 私は年配の方が多かった館内を思い出してため息をつく。『レイワブーム』が来ているというのに、恋愛映画を観に来る同世代は少ない。【運命の出会いプログラム】で出会った恋人と観ると気まずくなるって聞くけど本当なのかしら? 確かに、自由恋愛を主張する映画だと変な雰囲気にはなりそう。まだ、相手が分からないから想像でしかないけど……


 私は思わず右下のカウントダウンに視線を送った。20日21時間45分。私が彼を好きでいて良い残された時間だ。じわりと涙が滲みそうになったけど、まだ館内にいるはずの彼に恥ずかしい姿は見せたくない。


 私は何とか涙を堪えて端末に手をかざす。パンフレットのデータが転送されてきたのを確認して、映画館を後にした。

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