第4話 思い出〈後〉
彼の存在に気がついたのは、毎月の映画鑑賞が定着した春のこと。
このとき観た映画は、レイワ初期に公開された学園ものだった。年配客の多い行きつけの映画館でも、コメディタッチに初恋を描いた物語では何度も笑いが起きる。でも、年齢層が違うからか、私と館内では笑いどころがずれていた。
館内が爆笑に包まれたときに同じ感覚になれず寂しく思っていると、斜め前に座る男性が戸惑ったように左右を確認しているのが視界に入った。彼も同じように感じているのかもしれない。そう思って、映画を観ながら視界の端に彼の存在を意識した。
私が笑うと視界の端で彼の頭も揺れる。その感覚が嬉しくて、明るくなった館内で彼の姿を確認した。そのときは、歳が近そうだなと思っただけだ。
でも、毎月映画館で会うものだから、『彼と会う』というのも私の映画鑑賞の一部になっていった。彼がエンドロール後に立ち上がったときに見せる表情とパンフレットを買うか買わないかで、彼のその映画に対する評価を推し量る。だいたい私と同じ感覚だったから、彼のことがどんどん気になるようになった。
でも、それだけだ。臆病で話しかけられないまま半年が経ち、冬を迎えてしまった。その頃に、姉が【運命の出会いプログラム】を終えたため、根掘り葉掘り相手との馴れ初めを聞いてしまい、私の気持ちが姉にバレてしまったというわけ。
姉に洗いざらい話して、応援してもらったけど、私はなんの行動も起こせなかった。今思い返すと、恋と呼べるほど気持ちが育っていなかったのだと思う。
そんな中、迎えた高校の入学式。
新入生の列に彼を見つけたときには心底驚いた。中学は違っていたし同い年だということも知らなかったので、同じ高校に通うことになるなんて想像もしていなかった。見間違いかもしれないと、まじまじと見てしまったが仕方ないと思う。そのせいで、彼と目が合ってしまったけれど、私は慌てたのに彼は不思議そうな顔をするだけだった。
馬鹿な私は、そのときになって初めて、彼が映画館にいる私を認識していないことに気づいたの。私だけが彼を知っている。ほんの少し傷ついたのに、彼はそれを知ることもない。何だか切ないよね。
それでも、私は彼を意識せずにはいられなかった。残念ながら同じクラスではなかったけれど、彼を見かけるとどうしても目で追ってしまう。廊下で友達と話している彼、体育の授業でサッカーボールを蹴っている彼、食堂で美味しそうにカレーライスを食べている彼……。
そんな日常を知って、私の中の気持ちは育ってしまった。運動は苦手そうだし、ちょっと捻くれたところがありそうだと分かっても、彼が気になってしょうがない。
私の存在に気づいてもらいたくて、映画館の座席を彼の一列後ろから一列前に変えたのは、高校に入って二度目の映画鑑賞のときだった。
私が映画館にいることを知ってほしい。この程度なら、気持ち悪いとか思われないよね!?
隣でお茶を飲む姉を盗み見る。実はこのことは言えずにいる。
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