#2 笑うしかない、この事実。
空全体が分厚い雲で覆われ、しとしとと雨が降る今日は月曜日。
1週間の始まりにしてはあまりにも憂鬱だ。
理由は天候だけでなく、昨日起こった諸々の出来事が憂鬱感をより一層強くさせている。
「なんで今まで一回も会わなかったんだ。同じマンション、しかも近所だってのに」
誰もいないエレベーターでボソッと呟く。
全く運命の神様というのは意地悪なもので、同じマンションでは飽き足らず、俺の真上に住んでいるのが涼風さんだったのだ。
階層表示が1階へと変わり、ドアが開く。
同時にムワッとした雨の日特有の湿気が襲いかかってくるのだが、いつもとは違う何かを同時に感じ取った。
これは……まさか……
「あ、篠山くん。おはよー」
感情薄い系女子こと、涼風ゆららがいた。
♦︎
「……なるほど、だからエントランスにいたわけか」
雨に濡れるアスファルト、雨音も交える通学路を俺は涼風さんと2人で歩いていた。
どうやら涼風さんがあそこにいたのは傘を忘れて取りに行こうとしたかららしく、俺と会ったのも本当に偶然だったらしい。
「篠山くんが傘貸してくれなかったら、今頃走って部屋に戻ってたよ」
その後事情を聞いた俺はたまたま持っていた折り畳み傘を渡し、今に至るというわけだ。
「雨降ってるの気づかなかった感じ?」
「朝寝坊しちゃって……確認する暇も無かったって言う方が正しいかな」
俺は普段と同じ時間に家を出たわけだが、別にこの時間は遅刻ギリギリというわけでもない。それで寝坊したということは……涼風さんは普段これより早く家を出ているということなんだろう。
「……どうりで会わなかったわけか」
「どうしたの?」
「いやなんでも」
会話が途切れてしまった。
……気まずい。気まずいからこそ何か話題を出さなきゃなのに、普段会話をする機会が少なすぎて全く話題が思いつかん!
やはりぼっちというのはデメリットが多すぎると思う。ラノベなんかではやたらぼっちが美化されがちだけど現実は……ん?ラノベ…ラノベを話題にするってのはどうだろう。
いや、ラノベと言うとオタク感が出すぎか?
ここはアニメとか漫画でとっつきやすくするのが最善な気がするぞ、うん。
「……涼風さんはアニメとか漫画は見る?」
「たまに見るよ。最近だと『恋×銃』ってアニメは結構良かった」
そのタイトルに、俺は聞き覚えがあった。
いや、聞き覚えのないはずがない。
なぜなら、『恋×銃』は俺が一番好きと言っても過言ではない作品だからだ。
「……まじか」
「篠山くんも知ってるの?」
「知ってるというか…俺が1番好きな作品というか……」
『恋×銃』はガンシューティングゲームの世界にラブコメを上手に落とし込んだタイトル通りの異色作品。
かなり好き嫌いの別れる作品だと思ってたけど、まさか身近に視聴者がいたとは……
「へー、篠山くんもアニメとか見るんだね」
「まあそれなりに。……にしても、まさか涼風さんが『恋×銃』の視聴者だったとは」
「そんな意外だった?」
「……意外だった。あの作品結構癖強いし、そもそも涼風さんにアニメ見てるイメージがなかったから」
俺の発言に驚いたのか否か、涼風さんは目を丸くしてこちらを見ている。
「篠山くんのおすすめのアニメとかあったら、今度教えてよ」
「全然いいけど……結構尖ったのしか見ないけど大丈夫か?」
「要するにえっ「そういうのじゃなくて」
よからぬことを言いかけた涼風さんをギリギリで静止することに成功。この人に羞恥心はないのか?仮にも通学路だぞここ……
「いわゆる鬱系…暗い気持ちになるやつとか、『恋×銃』みたいな一風変わった作品を見がちって話」
「なんでもいいよ。そういう一風変わった作品から私も何かヒントを得られるかもだし」
なるほど、確かに王道ファンタジーなんかを見るよりは少し道の逸れた作品を見る方が感情表現的な部分で何か学べる……のか?
そんなこんなでアニメの話題で盛り上がっている内に学校の近くまで来たようだ。
制服を着た生徒も増え、騒がしさが増したような気がする。
「そろそろ離れて歩くか」
「……?」
涼風さんは言っている意味が分からないといった表情で首を傾げている。
「男女が2人で登校、これほど思春期の高校生の話のタネになる話題はない」
「……もうちょっと噛み砕いて説明して欲しいんだけど」
どうしてだ、どうしてここまで察しが悪い。
直接言うなんて恥ずかしすぎるから遠回しに伝えたかったんだが……うーん。
「……なんだ、その…付き合ってるとか勘違いされるかもしれないだろ」
あー顔が熱い……
人生で一番恥ずかしいこと言ったぞ絶対。
俺が顔が熱くしているのとは対照的に、いつも通りの表情を貫く涼風さん。
これが……感情薄い系女子の真骨頂か。
「私たちそんなにクラスで目立つ方でもないし、気にされないと思うんだけど」
涼風さんの言葉にハッと気付かされる。
何を勘違いしてたんだ。俺にはラノベの主人公みたく祝ってくれる親友も、冷やかしてくれるクラスメイトもいないじゃないか。
「……そうだよな、変な事いってごめん」
「別に謝らなくてもいいのに」
「こっちの勘違いだったし、謝らせてくれ」
改めて今の自分が虚しくなってくる。
中学時代に比べれば身だしなみも整えるようにしてるし、会話の練習だってやった。
それでも現実は非情なもので…準備してきた全てを出し切っても上手く友人関係は構築できなかった。
しかも、こうやって他人の前で落ち込んで気を使わせるようなことをして……
「……そんな悲しい顔しても、私は笑わないよ篠山くん」
雨は気づけばほぼ上がっていたようだ。
1度立ち止まり、傘を閉じる。
そして閉じた傘を片手にまた歩き出そうとしたその瞬間、ガシッと肩を掴まれる、
その当事者はもちろん、涼風さんだった。
「こっち向いて」
言われるがままに後ろを振り向く。
「面白いことに出会わせてくれる。私はそう信じてるから」
ただ一言、涼風さんはそう言った。
涼風さんの顔はいつもと変わらない無表情…だけど少し、いつもより真剣な眼差しをこちらに向けていた。
まあでも…そうだよな。こんな暗い顔をしてる俺は涼風さんにとって意味が無い。
なら、俺は俺なりに明るく振る舞い続けようじゃないか。
「……もちろん。今度、抱腹絶倒間違いなしのギャグアニメを紹介する予定だったし」
「そっか、楽しみにしてるね」
こちらを見ながら微笑む涼風さんに、思わず目を奪われる。
「涼風さん……今、笑ってた?」
「え、私今笑ってたの?」
「……今はいつもの表情に戻ってるけど」
困ったことに本人には笑っていた自覚がないらしい。本当の意味で涼風さんが笑うのにはまだまだ時間が必要そうだな。
「そっかー、笑ってたんだ私」
「笑ってたというより、微笑んでたって言う方が正しいかも」
「……でも、なんで私がそんな表情になったのかは分かる気がする」
今、目の前に広がるのはいつも通りの通学路にいつも通りの校舎。
何も変わらない、変わるはずもない風景
のはずだった。
「笑ってる篠山くん、凄い素敵だったから」
たった1つだけ、今日は普段とは違うものが紛れ込んでいる。ただそれだけなのに、どうしてこうも心をかき乱されてしまうんだろう。
「……素敵、か」
涼風さんには聞こえないぐらいの声で、俺は一人呟く。
「素敵」なんて俺にはもったいない言葉だと自分でも思う。だから舞い上がっちゃいけない…いけないんだ。
そう頭では理解しているのに、心臓の鼓動の速さは収まることを知らない。
「あっ、話しすぎて遅刻ギリギリの時間になってる」
……当の本人は「素敵」なんて言葉を投げかけたとは思えないぐらいあっけらかんとしているけども。
「……遅刻したくないし、ちょっと急ぎめに歩こう。競歩で勝負でもしてみるか?」
「私競歩のルール分からないんだけど……」
「冗談だよ冗談!真面目に競歩のポーズ考えなくていいから!」
軽口を叩き合いながら登校する。
これもまた、俺の忘れられない青春の1ページになっていくんだろうか。
横並びに歩く俺たちの横を桜の少し混じった風が頬を撫でるように吹き抜ける。
それは新しい物語の始まりを告げるような、心地よい風だった。
――――――
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