『記憶の迷宮と逆さ時計』

如月 煌

第一章:記憶の迷宮への招待

都心から少し離れた高台に、時任クロウの邸宅はそびえ立っていた。

記憶を操作する技術を持つ天才科学者・クロウが、自らの研究の集大成とも言える「記憶を可視化する装置」の披露を兼ねたパーティーを開くということで、招待状を受け取った者たちは皆、好奇心を抑えきれずに集まっていた。


邸宅の内部は、まるで夢の中のような光景だった。壁一面に埋め込まれた無数の時計。すべてが異なる時間を示し、そのいくつかは逆回転していた。


「時間とは、記憶の積み重ねだ。ならば記憶を操作すれば、時間を操ることもできるのではないか?」


パーティーの冒頭で、クロウはそう口にした。奇抜な思想に満ちた彼らしい言葉だったが、それを笑って受け流せる者は少なかった。


「つまり、先生の研究は、人の記憶を自由に操作できるということですか?」


若き記憶心理学者・黄瀬美咲が興味深げに尋ねる。クロウは満足げに微笑んだ。


「厳密には違う。記憶は完全な書き換えができるわけではない。だが、忘れた記憶を呼び戻し、あるいは、意識の奥深くに沈んだ記憶を引き出すことは可能だ」


参加者たちの顔に、期待と警戒が入り混じる。記憶をテーマにしたパーティーとは、一体どのようなものなのか――。


そのとき、会場の隅で一人の男がふらりと立ち上がった。ITエンジニアの黒田迅だった。


「……変だ……俺の記憶が……」


黒田は額を押さえながら苦しげにうめいた。そして次の瞬間、彼の体が前のめりに崩れ落ちた。


会場内に悲鳴が響く。駆け寄った者たちは、彼の様子を確認しようとしたが、その表情は恐怖に凍りついていた。


黒田の瞳は虚ろだった。まるで魂を抜かれたかのように――。


その手のそばに、奇妙な時計が落ちていた。通常とは逆向きに針を進める、奇妙な時計が。

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