第二章:逆さ時計の殺人

「……死んでる?」


誰かがそう呟いた。


黒田迅の体は床に崩れ落ちたまま微動だにせず、その顔には驚愕と恐怖の表情が刻まれていた。誰かに襲われた形跡はない。けれど、その瞳からは完全に生気が失われていた。


「誰か、救急車を!」


刑事の藍沢権三が鋭い声を上げた。しかし、すぐに異変に気づく。


「いや……脈がない。これは……すでに……」


会場内に緊張が走る。ついさっきまで普通に会話していた男が、突如として命を失ったのだ。


その傍らに落ちていたのは、逆さに進む奇妙な時計。まるで時間が巻き戻るかのように、時計の針は逆向きに回転し続けている。


「これは……?」


白神凛は屈み込み、慎重に時計を拾い上げた。どこかで見たことがあるような気がした。だが、記憶がうまく繋がらない。


「クロウ、これはお前の仕掛けか?」


藍沢が低い声で問い詰める。


「まさか!」


クロウは苦笑しながら肩をすくめた。


「私は確かに記憶の研究をしているが、人を殺す技術を開発したつもりはないよ。そもそも、どうやって?」


クロウの言葉には一理あった。黒田の体には外傷がない。毒を盛られた形跡もない。何が原因で死んだのか、まるで分からなかった。


「まずは状況を整理しましょう」


弁護士の緑川透が冷静に言った。


「黒田さんは、突然記憶が曖昧になったと言っていましたね。それから苦しみ出し、倒れた。私たちの誰も、彼に直接手を下したわけではないはず」


「記憶を失った状態で死んだ、ということか?」


記憶心理学者の黄瀬美咲が呟いた。


「それに、この時計……」


白神凛は逆さ時計をじっと見つめた。通常とは逆向きに回る針。その動きに、何か意味があるのではないか。


「記憶の逆転……?」


誰かが口にする。


「もし黒田さんが、自分の記憶を失った状態で亡くなったのなら、これは記憶に関する事件なのでは?」


白神は考え込んだ。


「犯人の狙いが記憶に関係しているとすれば……いや、それ以前に、なぜ黒田さんが狙われたのか?」


「そうだな。黒田迅が何か特別な記憶を持っていたとしたら?」


クロウの言葉に、全員がハッとした。


「彼の記憶を調べるべきだな」


白神凛はそう決断し、黒田迅の過去を探ることにした。


次第に明らかになる、黒田の記憶の断片――。

だが、それは事件のさらなる混乱の幕開けに過ぎなかった。

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