第7話

あなたにできることを見つけられないまま、秋になってしまいました。十月です。


夏はあっという間に過ぎ去りました。花は枯れ、草木も枯れて、身近に溢れていた生命も、今は冬眠の準備をしている頃です。


色づいていく紅葉が冬を迎え散るための準備に、最大限の生命力を振り絞っているのだと考えると、とても美しく思えます。


月四回、あなたが玄関のドアを開けた時、よく匂いを連れてきました。


夏の夜の香りです。小学生の頃行ったお祭りや花火をよく思い出しました。あの頃はとても純粋だったように思います。


夜というのは不思議ですね。空は星が見えて夜でも透きとおるのに、大人になった今、地上では全てがまやかしと虚像で溢れているような気がしてくるのです。


あなたは来年、誰と紅葉を見ているのでしょう。

 


最近、少し病状が悪化してきたようです。


昼間は毎日のように病院に通って、夏の疲れも出ているのか体力が一気に落ちています。


それでもあなたが働いてくれているおかげで、私は実家の母の付き添いで病院へ行けて、毎日その帰りにさまざまなものを目にすることができるのです。


そして、さまざまなものを口にできます。本当に感謝しています。最近は全てのものに、全ての人に感謝をしたくなるのです。


九月後半になって、秋の気配も感じました。けれどあなたがここへ帰ってきても秋の夜の香りは、なぜだか感じられません。


代わりに最近街を歩いていると、温かな音や香りがしてきます。


食器の音。煮物の匂い。どこかの家の中から、子供が「お母さん」と呼んでいる声。秋の寂しさも、生活音を聞いているうちに紛れてきます。


商店街ではハロウィンの飾りつけがなされていました。かぼちゃのランタンも、現代風の、あるいは欧米風のかがり火という感じで温かみがありますね。どうも私は今、温かなものを欲しているようです。


あなたがどんどん遠くへ離れていってしまう、その大きな後悔と、自分がそのように温かい家庭を築けなかった後悔をしては、時々泣いてしまいます。


毎日一人というのは、元気なうちは気楽な面もあったけれど最近ではなんだかとても心細いのです。心細いから、余計に欲してしまうし泣きたくなってしまうのでしょう。


あなたはどうだったのでしょう。


私といて、苦痛でしたか。私といて、ストレスでしたか。


私たちの間に子供がいたら、夫婦の関係も少しは違ったものになっていたのでしょうか。


いえ、きっと子供がいる、いないの問題じゃないのでしょう。


子供がいればこうなっていたかもしれない、というのもきっとまやかしで、口実でしかないのかもしれません。



さて、ハロウィンからヒントを得て、私はあなたにできることをやっとやっと見つけました。あなたの大好物は、かぼちゃの煮つけでしたね。


最近は作っていないけれど、煮物の中で唯一好きなのがこれでした。


あとは鯛のお刺身。薄口しょうゆで食べるのが好きでした。私は濃い口のほうが好きだったのですけれど。


それからオムライス。これはあなたも自分で作れますよね。私もあなた好みの味で作れたけれど、あなたが作るほうがもっと上手かった。


かぼちゃの煮つけはよく私に任せられました。新婚の頃はかぼちゃの煮つけを作ると言った日は必ずにこにこしながら帰ってきて、美味しいと言って食べてくれました。


そういう日はとても幸せでした。


けれど、その一品だけであなたを繋ぎとめておくのも無理です。時々思い出したように作るから美味しく感じられる。帰ってこない日に何度か作ってメールをしようとしたけれど、私はそれができなくなっていました。


私の中でそうしたメールを送ることは、いつの間にかとても勇気のいることに変わってしまったのです。


でも。


でも、きっと作りかたがわからなくて悩む時が来るのではないでしょうか。好物な料理が慣れていない味だと歩き回りたくなってしまう癖。


あなたにとっては悩みかもしれません。そんなあなたの悩みも、子供っぽさも、全部ひっくるめて愛しています。


かぼちゃの煮つけの料理方法。それを書いて、沙織さんに渡します。


来年のあなたの誕生日に届けてもらえるように。


しっかりあなた自身が慣れた味で作れるように。 


それが私にできること。目に見える形で残せること。


私は太一のことが大好きです。今でも恋をしています。


でもそれは、きっとあなたがここにいないから。


傍にいないから、私はこんなにもあなたのことが好きで、こんなにも愛していられるのかもしれません。


あなたのこれまでの人生を私と一緒に歩んでくれて、本当にどうもありがとう。あなたと出会えたこと、あなたがこの世に生まれてきてくれたことが私の人生の最大の喜びです。


生きて。生きることをたくさん楽しんで。


そして私があなたを幸せにできなかったぶん、あなたはこれから誰かをたくさん幸せにしてください。


私のあなたに対する気持ちは、実は純粋なものばかりではありません。


少しは痛い目を見なさいと、思っている部分もあるのです。


だからレシピは来年までのお楽しみ。


でも、本音、もう少しだけあなたと生きたかった。


もう少しだけあなたと若い頃のように、季節を楽しみたかった。


今はまだお互い生きているのに、あなたと一緒に色々なものを見られないのは、とても悔しい。


たくさんたくさん、ごめんなさい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る