「眠気」、「目線」、そして「レターセット」
放課後の文芸部室。
机に広がっているのは、原稿用紙ではなく……レターセット。
春の陽射しがちょっとあたたかくて、
後輩はその紙の上に、顔を伏せかけていた。
「……おい、寝るなよ」
「寝てないです……書いてるんです……手紙を……」
「書きながら船漕いでんじゃねえか」
「これは文学的トランス状態です……」
「もはやそれは眠気だ」
◆◇◆
「にしても、なんで急にレターセットなんか出してきたんだよ」
「ふと思ったんです……文芸部なのに、誰にも手紙書いたことないなって」
「そりゃ、文芸と手紙は別物だろ」
「でも“誰かに言葉を届けたい”っていう意味では、手紙も文芸の一種じゃないですか?」
「急にそれっぽいこと言い出すな」
「というわけで」
後輩が書きかけの手紙をそっと隠す。
「……いや、見てないぞ?」
「目線が気になっただけです!」
「さっきまで白目むいて寝そうだったやつが何言ってんだ」
「眠気と理性の間を綱渡りしてるんです……でもこれは“真心”なので……」
「なんか“眠気の副作用で素直になった文豪”みたいになってるぞ」
「じゃあ逆に聞きますけど」
「ん?」
「せんぱい、最後に“ちゃんとした手紙”書いたのっていつですか?」
「う……」
「まさか“引っ越しのお知らせハガキ”とかじゃないですよね?」
「それ手紙じゃなくて通知だな……」
「はい、“心のこもった言葉”の話です!」
「……じゃあ、文芸部員として書いてみるか」
「おお!」
「“件名:起きろ。本文:寝るな。差出人:現実”」
「それ説教文じゃないですかー!!」
「でも、眠気に負けてるわりに、ちゃんとペン握ってたよな」
「わたしにとって、手紙って“言葉の居眠り”みたいなものかもしれません」
「どういう意味だよ」
「本音がポロッと出てくるというか……書いてるうちに、心が勝手にしゃべるというか……」
「……なるほど」
「ほら、せんぱいって人前だと強がるけど、寝言とかで案外かわいいこと言ってそうですよね」
「勝手な妄想やめろ」
◆◇◆
その後、後輩は結局手紙を完成させず、
レターセットの封筒だけ折り紙にして寝落ちした。
「……寝顔のほうが手紙なんかより素直なんじゃないか、お前」
俺はそっと彼女の“文豪の墓標”みたいな手紙の山を片付けて、
封筒の裏に一言だけ書き添えた。
『返事は、起きてからな』
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