第28話 村民会議

私は少し考えた後、ブロッサムに

「明日の朝、村民会議がある」

と言い、次の言葉を切望するかの如く強く見つめてきた彼女に

「君も村の風呂にでも入らないかね。アダムも居る」

ブロッサムはその瞬間緊張の糸が切れたかのように座り込み、呆然と床を見つめ始めた。

「大丈夫かね」

しゃがみ込み、声をかけた私に

「……トーバン様……あの、動けないみたいで」

私は彼女に肩を貸すとベッドに寝かせた。

すぐにブロッサムは眠り込んでしまい、私は大きく息を吐くと、一階へと降り、外へ出て、ビョーンの家へと引き返していく。


風呂には少女が入っており、裏ではビョーンとアダムが火の番をしていた。

ブロッサムから告げられた戦地の事と、彼女が私の寝室で寝ている事を2人に告げるとアダムが

「……相当に不味いことになっていますね」

「旦那様、どうしますです?」

心配そうなビョーンと、沈毅なアダムに

「モスさんを起こして貰えるかな?朝まで会議を待つ時間はなさそうだ」

アダムは頷くと長身で音もなく走っていった。浴室の中から少女が

「あれートーバン?戻ってきてどうしたの」

呑気に尋ねてくる。


一時間程後、深夜の我が家の一階で、村民一同が集った会議が開始された。

議長はモスで、全員がテーブルについている。更に白猫もまるで村内の鳥獣代表の様に食器棚の上から見守っている。


まず私が発言を求め、モスに許可されると

「現在の東部戦線の状況は、皆に先程話した通りです。このままでは王子により更に人死が増えますし、ビョーン君が診ている建築物の被害も増えるでしょう。時間的な猶予はそうはありません。私とアダムの参戦許可を願います」

少女が勢いよく手を上げ、モスに発言を許可されると

「私も行く!きっと役に立つわ!」

私は止めて貰おうとモスの方を真剣に見つめる。彼女は力強く頷き

「トーバンさん、連れて行くべきです」

予想とは違う答えに唖然とした私が、彼女の息子のアダムの顔を見ると、彼は苦笑いしながら首を横に振る。

何とか反論しようと

「しっ、しかし、モスさん、アサムリリー君は未だ少女です。前回無事だったとは言え、今回もそうだとは限りませんよ」

モスは腕を組み、少女をしばらく真顔で見つめると再び頷き

「……死にません。怪我もしないでしょう。大丈夫です」

確信に満ちた表情で言ってきた。少女は跳び上がって喜び、アダムが困り顔で

「俺がガキの頃からこれです。でも母の勘は当たります」

私がモスに再度反論しようとする前前に、ビョーンが手を上げ

「皆様、私も行きたいです」

驚くようなことを言ってきた。モスがジッとビョーンの全身を見回し

「……死なないけれど、大怪我をするね。ビョーン君、戦が終わってから行きなさい」

白猫が食器棚の上から賛同するように

「ニャーン」

と鳴き、そちらを見たビョーンは残念そうに頷き、私は安堵する。


村民会議での多数決で私、アダム、少女の参戦許可が降り、私は腹を据えた。

少女の参戦については賛成3、ビョーンと私の反対2で可決された。アダムは母親のモスには逆らえないようで、会議終了後に謝ってきた。

それぞれの家で朝まで睡眠を取り早朝に出発ということで解散し、ブロッサムにベッドを譲っている私は、一階の床にシーツを敷いて寝ることにする。

そうそう、最近、少女は自らの寝室で1人で寝られるようになった。若者の成長は早いものだ。


肩を突かれて起きると、ブロッサムが真剣な表情で

「トーバン様!ベッド!お借りして申し訳ありません!」

謝ってきた。起き上がりながら

「いや良いんだよ。深夜に村民会議で許可が出たので、準備をしたら戦地に連れて行ってくれないかね?」

「はい!……アダムも来ますか?」

若者らしい照れたような愛嬌がある表情で尋ねてきたブロッサムに、少し笑いながら頷くと

「やった!準備お手伝いします!」

喜び勇んで私を見つめてきた。戦場での苛烈さとは違う、人間らしさに私は多少のおかしみを感じながら朝食を2人で用意することにする。


時間がないので干し肉、乾パン、干しブドウなどの保存食を皿に並べていると寝間着姿の少女が起きてきて

「あ、ブロッサムちゃんだ!おはよう!」

「おはよう。久しぶり」

ブロッサムは全く嫌味なく少女と「パンッ」と右手を打ち合わせ席に着くと、コップに注いだオレンジジュースを並べている私を見て

「トーバン様、アサムリリーちゃんも結構ヤバいですよね」

干し肉を齧りながら話しかけてくる。語彙の少ない彼女なりに褒めているようだ。私も席に着きジュースを飲みながら

「まだ若い。しかし、今回の戦場にも行くこととなった」

ブロッサムは全く驚かず「さも当然」と言った顔で頷くと

「前回少なくとも足手まといにはなってなかったんで、今回も期待してます」

「うん!倒す!強いやつを!」

自信満々の少女にブロッサムは優しい表情を向けると

「……アサムリリーちゃん、今回の戦場ではトーバン様を守ってあげて」

「せんりゃくてきに……重要なの?」

真顔になった少女にブロッサムは少し天井を見上げ、考えた後

「トーバン様は名将だから、近くで守りながら見ていれば名将になれるかも?」

少女は途端に両目を輝かせ

「なるなる!名将になりたい!トーバン!ずっと守りながら見てるから!」

私は真顔で頷きつつ、少女を最も安全な場所に配置しようとしているブロッサムの配慮に

「済まないね」

「いえ、大事な後輩だと勝手に思ってるんで」

彼女は少し照れくさそうにそう言うと、爽やかに笑った。


朝食後、自宅から荷車を引いてきたアダムと合流し、装備を整え、5日分の食料を荷車に積んだ我々は、モスとビョーン、ロバに乗った白猫、そして綺麗に並んだ鶏4匹に見送られながら村を旅立った。


アダムは軽々と我々3人が乗る荷車を引きながら麓への道を降りていき、私に

「何処かで馬を買いましょう」

「そうだね。王都に立ち寄ろうか」

そう会話していた時だった。

突如ブロッサムが荷車の上に立ち上がると、前方を村に向け上がって来ている、大柄な黒馬に乗った浅黒い肌で黒髪の青年に向け

「おい!停まれ!私はお前に見覚えがあるぞ!」

戦場で出すような腹に力が入った迫力ある大声で叫んだ。

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