第27話 素敵な詩
演奏が終わると楽団の面々は静かに楽器を片付けて行く。王女が私の前に近寄ってくると
「ご迷惑をおかけいたしました。では帰ります」
少女が残念そうに
「モーリちゃん!もう帰っちゃうの!?」
王女は腕を伸ばすと少女と固く握手をし
「アサムリリーちゃん、今度は王都に来てね」
少女はすぐに表情を変えると微笑み
「うん!トーバンと行く!絶対!」
勝手に私を巻き込み重要な約束をしてしまい、私は思わず笑い出し
「これは、してやられましたな」
王女は爽やかに笑うと背中を向け、素早く撤収準備を済ませた楽団と帰って行った。
直後にソリューだけがわざとらしい慌てた様子で戻ってきて、ピエロ顔を微笑ませながら
「下手な演奏を聞かせた迷惑料です。ああ、お見送りは不要です。では」
小さな布袋を、私でなく少女に渡すと、またわざとらしく上半身を起こした間の抜けた走り方で去って行った。
少女が即座に開けた布袋の中には、折りたたまれた地図と手紙、そして金貨が二十枚ほど入っていた。
「ジュース!服と!お菓子も買う!」
金貨を全てポケットにねじ込んだ少女の横からアダムが顔を出し、地図と手紙と空になった布袋を受け取ると
「東部戦線の地図ですね。橋がだいぶ落とされている」
ビョーンがモスと共に近づいてきて顔を顰め
「見せてくださいませんか?」
アダムがすぐに地図を手渡すと
「……ああ……この辺りは私が診ている沢山の家さんと……素敵な橋さんも……ああ……みんなもう……」
何と涙をこぼし始めた。ロバとその背に乗った白猫が心配そうに彼に近づいて来て、更にモスが怒り顔で
「ビョーン君を泣かすとは何てことだい!トーバンさん!うちの息子と悪いやつをやっつけてきて!」
穏やかな彼女が怒るのを初めて見た私は、内心慌てながら
「モスさん、今日はもう遅い。ステージの片付けをして、明日、村民全員で話し合いをして良いですか?」
彼女が黙って頷いてくれたので安堵する。
皆と片付けをしていると、久々に重い疲れを感じる。最近ビョーンが彼の自宅風呂場を改装したのを思い出し、使わせてもらえるかと頼み、快諾を得た。
ビョーン宅裏で、彼とアダムと、そして付いてきた少女と薪を焚べて風呂を沸かすついでに、炎の明るさで手紙を読むことにする。
内容はこうだ。
太陽は悲しんでいます。愚かな巨人が大河を堰き止め枯らしてしまったことを。月は心を痛めています。穏やかな流れが粗暴な巨人を優しく育む未来が潰えて。飛び上がった二対の鳳が枯れた大河に影を映し、竜雲が優しい雨を呼べば、穏やかで雄大な流れは蘇るのでしょうか。 吟遊詩人ルア
「あははは!」
私は思わず大笑いをしてアダムに手紙を渡す。素早く読んだ彼は困り顔でしゃがむと
「師匠も大変ですね」
更に渡されたビョーンは不思議そうな表情で
「素敵な詩の様に思えますです」
そしてビョーンに手渡された少女が
「モーリちゃんの詩だよね!?」
嬉しそうに声に出し、王女の声真似をしながら最後まで読むと、私は力が抜け座り込んでしまう。
この手紙の真意をそのまま訳すとこうなる。
王と王妃がトーバンの引退を悲しんでおられます。王妃はマルバウ王子の教育係としてトーバンに期待をした自らの不明を恥じておられます。お二人はトーバンとアダムに将軍格の待遇を用意して復帰を望んでおられます。 第二王女モーリ
「アダム、君もだ。将軍格と見られている。二対の鳳と竜雲はその暗喩だ」
アダムは苦笑いをして
「手紙、焼きましょうか?」
冗談めかして炎を見つめ、少女が慌てながら手紙を背中に隠し
「ダメ!私!これでお歌も練習したい!」
王女がここまで計算してこの手紙を書いたのなら、もはや神智の類いだなと思ってしまった私は思わず噴き出し、少女から怪訝な顔をされる。ビョーンが真顔で
「沸きましたです。お疲れの旦那様からお風呂にお入りください」
と言ってきた。
風呂場は綺麗に整えられていたが、浴槽が狭いので一人ずつしか入れない。湯を多く消費する長身のアダムは最後に入ることになった。本当は少女に譲るべきだろうが、申し訳ないが早く寝たいのでビョーンの言葉に甘えることにする。
身体を洗い流した後、浴槽に浸かっていると窓の外からビョーンが
「湯加減いかがですかー?」
「ああ、良いよ。良く眠れそうだ」
「家さんと橋さん達の敵討ち頼みますです」
「……ああ、考えておこう」
そうは言ったが、明日まで全て忘れることにした。下手にこんな夜中に重大な事を考え始めると押し潰されそうだ。
風呂から出て、自宅へと戻り寝室に入ると、閉めたはずの窓が開いていて、部屋の隅から黒装束のブロッサムが出てきた。
すぐに彼女は頭を下げると
「トーバン様!団長が……」
「……何があった」
「1週間前からテントに籠もっちゃって……今朝からはとうとう病気だって言い張って寝込んでます!」
ふむ……まさか精神をやられたのか。しかし、あの肝が据わったカートにしては珍しい。
「何か、大きな動きがあったのかね?」
ブロッサムが泣きそうな表情になり
「2ヶ月色々あったんですけど!あの……えっと……マルバウ王子が!騎士団の半数を引き連れて今朝!参戦してきて……もう司令部はむちゃくちゃです!それで私が独断でトーバン様に……」
しばらく絶句してしまう。
動かぬ夜間の頭を必死に回転させ、状況を推測しようとする。
マルバウ王子は恐らく、王に直接かけ合ったな。
東部戦線に連れてきた騎士団が全軍でないのは王の「半数にせよ」という勅命で、マルバウ王子への期待が相当に薄れた証だろう。
もし、私が要求した戦力の半分しか王から与えられなかった場合、王に平身低頭し即座に出陣を取りやめる。何故ならその戦力で失敗すると、高い確率で王から疎まれ、今後の立場が危うくなるからだ。
しかし、王子はそんな初歩的な武人としての保身術も、あの歳で分からないらしい。
先程まで我々と会っていたモーリ王女の謙虚さと知略が眩しく思える程に。
そうか……あの負け戦で何も学べぬほどの幼稚さだったのか……敗戦からたった2ヶ月で大きく動くとは……。
あの大失敗を糧に、これから何年も学び直せば王族として、いや、人として確実に大きくなっていってくれるだろうと期待をしていたが……それは私の身勝手な願いに過ぎず、王子を余計に歪ませてしまっただけなのかも知れない。
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