第25話 君とともにもう一度奇跡を世界に
エムが言ってくる。
「現在DOCは、基地深部のGIFからエネルギィを供給している。あと30分ほどで必要量に達するので、そこから作戦を開始する。直と沙詠はDOCの基部に設置された二機のPNGに搭乗。準備完了後、自動設定によりPNGは偽重力子状態――ようはテセラクトと同じ状態だな――で射出され、現在活動停止中のテセラクト体内に侵入する。
テセラクト内部では我々とは連絡が取れないので自身の判断で行動してほしい。ただし、やることは1つだ。持ち込んだDLLで、テセラクトの核を攻撃すること。核は見る者によって姿を変えるが、明らかにそれと分かるので、心配はいらない。
テセラクトは、1つの『世界群』においては、どんなに複数に見えても、それが1つの個体として機能している。つまり、これまでに出現した14体のテセラクトは、実際には同一個体の一部といえるわけだ。個の概念が人間とは違うから、そう断定するのに問題はあるが、今はまあいいだろう。
とにかく、核を攻撃することで、その世界群のテセラクトを全て、余剰次元の内部に閉じ込めることができる。
攻撃後はすぐにPNGに戻ること。余剰次元に留まれない設定にしてあるので、自動的に元の場所へ戻ることができる。
これにより、これまでの作戦で『過去に閉じ込められた』ほかのテセラクトが『現在の余剰次元内部に閉じ込めなおされる』ことになる。同時に、対応する全ての大隈沙詠も、現在に対生成しなおされる。余剰次元の調整など細かい事後処理と、剛武郎が仕掛けた薬品の処理は我々の仕事になる」
「……………………」
「概ね理解できただろうか」
概ね理解できなかった。
というかほとんどスルーだった。
隣を見ると、沙詠は問題ないらしく、軽く頷いていたりする。
「ようするに、テセラクトも大隈沙詠も元に戻して消滅させないで、テセラクトだけ余剰次元に閉じ込める、ってことね」
おお、そういう意味だったのか。
さすが委員長。
と直は感心するがしかし、ひょっとしたら、彼女のほうはあらかじめ質疑応答までを済ませていたのかもしれない。
だとしたら、ずるい。
しかし、今の説明で、直でも分かったところはある。
そしてその部分が、多分一番の問題点だ。
「……ってことはなにか? 俺と委員長に人間大砲になって、あの怪獣の腹ん中に行ってこいと?」
「語彙の選択が多少不適切だが、誤差の範囲内だ。そのとおりだ」
「――っざけんな!」
思わずあげた直の大声に、下にいる人たちがこっちを見た。
しかし、時間に余裕がないのだろう。
すぐに作業を再開する。
直はかまわずカーネルに詰めよ……ろうとして沙詠に引き止められる。
彼女は後ろからポカンと直の頭を叩いて振り向かせ、
「『あんたたちが引き起こした問題に、どうして俺たちがそこまでしなくちゃいけないんだ? そんな危険な作戦、自分でやればいいじゃないか』って?」
「いや……」
べつにそこまでわがままな台詞を吐くつもりはなかった。
しかし、どんなに遠回りで柔らかい言い方に替えたところで、結局そういうことになったかもしれない。
「いいじゃない。わざわざなにも知らない私たちにやらせるってことは、私たちにしか出来ないってことなんだよ。この世界で、私たちにしか出来ないことなんて、そう沢山あるもんじゃないでしょう?」
「…………」
自分たちにしか出来ないこと。
『この世界』で唯一つの可能性。
「そうだな。大隈沙詠は、この『世界群』においては、オリジナルが『この世界』にしか存在しないという、いわば特異点だ。因果関係はいまだ証明できていないが、テセラクトを含め歪んだ世界を修正できる力は、彼女にしかない」
エムがなんやかんやと理屈をつけてフォローしたが、その意味は直には分からない。
それに、いくら言葉を並べて格好つけてみたところで、結局これは後始末だ。
届かなかった奇跡の後始末。
だけど。
それでも。
1023分の1の、無意味で無価値で無感動な実験よりは、
よっぽど奇跡らしいんじゃないかと、そんなことを、思ったりはした。
「……分かったよ」
直は頷き、委員長は照れ隠しのように笑った。
※
毎度おなじみ、卵型の機械の暗闇の中。
ただし今回は、すぐに感覚と意識を失うようなことはなかった。
直は10分ほど、じっと座り込んでいた。
隣のPNG内部で、沙詠も同じような状態のはずだ。
いつもとは違い、今回はシートベルトのようなもので座席に固定されている。
『ようなもの』というのは、シートベルトにしては、厳重に何本も身体に巻きついているからだ。
外で作業している人たちの声や音が聞こえるので、不安感に襲われるようなことはなかったが、それでも若干の不快感はあった。
閉じ込められているような。
締め出されているような。
その嫌な感じを忘れるように、目を閉じ、眠るようなモチベーションに自分を持っていく。
それで眠れるかというと、この状況でそんなわけはなかったが、落ち着くことは落ち着く。
そうやって暇を持て余していると、ようやくカーネルの声がした。
「お待たせしまーした、お二人とも」
直は目を開ける。
視界は真っ暗で変わらないのだが、気分の問題である。
「あと100秒で射出を開始しまーす。激しい揺れや衝撃といったものはありまーせんけれど、強烈な圧力がかかりまーすので、それだけは覚悟してくださーい」
覚悟してどうなるものでもないと思うが。
しかし、直が返事をしなくても、カーネルは勝手に話を進めた。
いまさら無駄な会話を交わす段階ではない、ということだろう。
「それでは……よろしくお願いしまーす」
そう祈るように告げて、カーネルの声は途絶えてしまった。
いつの間にか作業の音声も聞こえなくなり、カウントダウンの機械音だけが直の耳に届く。
直は仕方なく、ふたたび目を閉じる。
委員長は今、どんな風にこの状況を受け止めているのだろうかと、そんなことを考えながら、秒読みのゼロを迎える。
急激な加速。
まるで正面から無数の手のひらに押さえつけられているかのような圧力。
そしていつものように、感覚と意識が失われていった。
……
…………
唐突に醒める意識と蘇る感覚。
直は辺りを見回す。
今回は目の前に沙詠の後頭部があったりはしないし、自分の身体もちゃんとある。
後ろを見ると、PNGが口を開けて置かれてすらいた。
ただ、今回は空間が異質だった。
——真っ白。
ひたすらに真っ白だった。
地と空の区別などなく、どこまでもどこまでも限りなく白いだけの広大で無辺な空間。
直はそんな場所にひとり、立たされていた。
「ここが……テセラクトの体内……」
「なーんか、生物の体内、って感じじゃ、ないよね」
否――ひとりではない。隣には沙詠が同じように立っていた。見れば、PNGもちゃんと2台並んで立っていた。
沙詠は手に例の、メビウスの輪を捻じ曲げながら引っ張ったような、よく分からない形状の杖を持っている。デコヒーレンス・ロジカル・ループドロッド――DLLとか言ったか。
半年の間、一度しか使われなかった武器はこれくらいだ。
よほど使い勝手の悪い品なのかもしれない。
杖は身長よりも長いので、持っているというよりは、寄りかかっているという感じだった。
「行こうかい、見神楽くん」
「おう」
それでも軽々とそれを持ち上げ、沙詠は歩き出す。
見た目よりもずっと軽いもののようだった。
直も、彼女の隣を行く。
沙詠は、耳につけていたインカムを操作し、バイザを目の前に表示していた。
どうせなら、あの無駄に露出度が高くて無駄に装飾の多い衣装も着てくれば良かったのに……などと考えていると、沙詠と目が合った。
「え? ななななに? どうかした見神楽くん?」
「あ、いや、なんでもない」
直は適当にごまかす。
それに、見慣れてしまっていたからすぐにはピンとこなかったが、セーラー服にバイザとロッドというのも、なかなかおいしい組み合わせではあった。
ひとりで頷いたりしている直には気付かず、沙詠は真面目に目的地を捜している。
「こっちみたい。反応がある」
直は背後を確認した。
PNGは見えている。
そして向きなおった瞬間、それが出現していた。
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